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英雄なのか?  作者: よろず
アルディア騎士学校
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20/212

Bクラス最強

訓練場は異様な熱気に包まれていた。


放課後にもかかわらず、中央を囲む生徒の数は普段のランキング戦とは比べものにならない。Bクラスの生徒はほぼ全員が集まり、噂を聞きつけたAクラスやCクラスの生徒まで姿を見せている。


理由は単純だった。


今日行われるのは、第2回査定で一位となったレインと、二位となったアイザックの一戦だからである。


査定の日から数日後。放課後の教室で、アイザックはレインの席を訪れた。


「レイン君。僕と戦ってほしい」


その一言で教室の音が消えた。


アイザックは誰もが認める強者だった。剣術と風属性魔法を高い水準で組み合わせ、ランキング戦でも敗れたのはアルベルトだけ。純粋な戦闘能力ならBクラス最強候補として名が挙がる生徒である。


一方のレインは、第2回査定で一位となった。ワルとのランキング戦に勝ち、授業成績も優秀で、夜間奇襲訓練では防衛線を支えた働きが高く評価された。だが、査定順位と戦闘能力は必ずしも同じではない。そう考える者も少なくなかった。


だからこそ、この試合には意味がある。


レインが勝てば、査定一位という結果に疑問を持つ者は大きく減る。逆にアイザックが勝てば、「実力ならアイザックが上だ」という声は確実に増えるだろう。


最前列で中央を見つめていたロイが、思わず呟いた。


「すげぇ人数だな……」


「当然だろう」


隣でエリオットが眼鏡を押し上げる。


「今日の試合は、順位以上の意味がある」


「どういう意味だ?」


「皆が査定結果を受け入れるかどうかだ」


ロイは一瞬だけ黙り、中央へ視線を戻した。


頭では理解している。バルトの評価理由も聞いた。夜間奇襲訓練でレインが何をしたのかも分かった。だが、納得と実感は違う。だから皆、見届けに来たのだ。


少し後方では、ワルが腕を組んで二人を見ていた。


レインに敗れたことは忘れていない。だが、アイザックの強さも知っている。剣だけなら自分にも自負がある。だが剣と風属性魔法を自然に繋げるアイザックの戦い方は、自分とはまるで違う。


レインは本当に、自分たちより上にいるのか。


その答えが、今日分かる。


中央ではアイザックが静かに練習用剣を構えていた。査定結果に不満があるわけではない。少なくとも、バルトの説明は理解している。夜間奇襲訓練でレインが果たした役割も認めている。


それでも、戦う前から負けを認めるほど余裕はなかった。


自分の方が強いと断言するつもりはない。


だが、負けているとも思わない。


だから確かめる。


査定一位に選ばれた男が、本当にその価値を持つのかを。


「始め!」


バルトの声が響いた瞬間、先に動いたのはアイザックだった。


踏み込みに迷いはない。地面を蹴った身体が一瞬で間合いを詰め、振り下ろされた剣がレインの肩口を狙う。


乾いた衝突音が訓練場へ響いた。


レインは剣を合わせて受け止める。だが、アイザックの攻撃はそこで止まらない。一撃目を防がれた瞬間には二撃目へ移り、流された剣筋をそのまま三撃目へ繋げる。無理に力で押すのではなく、攻撃の流れそのもので相手を縛るような剣だった。


観客席から感嘆の声が漏れる。


速い。


そして、隙がない。


ワルのような爆発力とは違う。だが相手へ考える時間を与えず、剣と足運びで主導権を握り続ける。ランキング戦で勝ち続けてきた理由が、その数合だけで分かった。


レインは防戦に回っていた。


剣を受け、半歩下がり、次の一撃を流す。さらに横へずれ、間合いを整える。反撃はしない。観客の目には、アイザックが一方的に押しているように映った。


「押されてるな……」


誰かが呟く。


反論する者はいなかった。


実際、主導権を握っているのはアイザックだった。風属性魔法で踏み込みを加速させ、一歩の距離を伸ばす。剣が交差するたびに風が弾け、普通なら届かないはずの軌道がレインへ迫った。


木剣が肩を掠める。


観客席にどよめきが広がった。


「おい、まずくないか?」


ロイが前のめりになる。


だが、隣のガレンは首を横に振った。


「いや」


「何がいやなんだよ」


「レインが焦ってない」


その言葉で、ロイはもう一度中央を見た。


確かに押されている。防戦一方にも見える。だが、レインの動きには乱れがない。強引に反撃しようともせず、無理に距離を取ろうともしない。ただ淡々とアイザックの剣を受け、流し、位置を変えている。


まるで、相手の剣を測っているようだった。


その違和感を最も強く覚えていたのは、剣を振るっているアイザック自身だった。


押している。


主導権もある。


攻撃を集中させているのは自分だ。


それなのに、決定打だけが届かない。


あと一歩まで追い込んでいる感覚はある。だが、その一歩が埋まらない。剣を伸ばせば半歩ずれ、踏み込めば角度を変えられる。まるで自分が振らされているような感覚だった。


ワルは腕を組んだまま、黙って中央を見ていた。


知っている。


あの感覚を。


自分も同じ場所へ引き込まれた。押しているはずなのに届かない。勝てると思った瞬間、勝負を奪われる。あの時は分からなかったが、今なら少しだけ見える。


レインは逃げているのではない。


間合いを選んでいる。


アイザックの攻撃を受けるたびに立つ場所を変え、距離を変え、相手の呼吸をずらしている。目の前の剣だけを見ているのではない。戦いの流れそのものを見ている。


アイザックもまた、その事実に気付き始めていた。


長引けば、嫌な形になる。


ならば、ここで決める。


アイザックは身体の奥に残していた魔力を一気に解放した。


次の瞬間、訓練場を強風が駆け抜ける。


観客の制服が揺れ、土が舞い上がった。ロイが思わず目を細める。


「おい……何だこれ」


風は止まらない。


むしろ勢いを増し、アイザックを中心に渦を作っていく。巻き上げられた砂が視界を奪い、数秒後には中央に立つ二人の姿すら見えなくなった。


観客たちが思わず立ち上がる。


しかし、見えない。


聞こえるのは唸る風の音と、砂が地面を叩く音だけだった。


砂塵の中で、アイザックは確信していた。


ここは自分の領域だ。


視界を奪い、風で相手の位置を捉え、砂で動きを削る。何度も実戦を想定して磨いてきた、自分だけの戦場。


その中で、レインは静かに息を整えていた。


頬に鋭い痛みが走る。肩口の制服が裂ける。風に乗った砂粒が細かな刃となり、近くにいるだけで身体を削ってくる。


なるほど。


派手さはない。


だが、実戦的だ。


ただ相手を驚かせる魔法ではない。視界を奪い、判断を狂わせ、こちらの余裕を削ってから仕留めるための技だ。騎士学校の試合ではなく、本当に敵を倒すために磨かれた魔法だった。


レインは小さく息を吐く。


さすがだな。


二位は伊達ではない。


風の向こうから気配が迫る。


アイザックの剣だ。


レインは受ける。


砂塵の中で剣戟が響いた。互いの姿は観客から見えない。だが風の奥で、木が打ち合う音だけが何度も弾ける。


数合。


十合。


打ち合うほどに、アイザックの中で違和感は確信へ変わっていった。


おかしい。


見えていないはずだ。


自分は風で位置を捉えている。だからこの砂塵の中でも戦える。だがレインは違う。本来なら一方的に押し切れるはずだった。


それなのに、対応されている。


いや。


対応されているだけではない。


次の瞬間、レインの気配が消えた。


アイザックは目を見開く。


確かにそこにいた。風は捉えていた。剣も届く距離にあった。なのに、感覚から抜け落ちたように消えた。


探す。


風を広げる。


砂の流れを読む。


だが見つからない。


あり得ない。


ここは自分の領域のはずだ。


そのはずなのに。


背後で、砂が揺れた。


反射的に振り向こうとした瞬間、首筋へ冷たい感触が触れる。


練習用剣だった。


風が弱まる。


巻き上げられていた砂が地面へ落ち、失われていた視界がゆっくりと戻っていく。


「そこまでだ」


バルトの声が響いた。


砂塵が完全に晴れた時、訓練場は沈黙に包まれていた。


呆然と立ち尽くすアイザック。


その背後で、練習用剣を首筋へ添えるレイン。


誰も、何が起きたのか理解できなかった。


理解できないのは、アイザック自身も同じだった。確かに追っていた。確かに捉えていた。自分の領域へ引き込んだはずだった。


それなのに、いつの間にか背後を取られていた。


どうやって。


なぜ。


答えは出ない。


ただ一つだけ、はっきりしたことがある。


査定一位は、偶然ではなかった。

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