Bクラス最強
放課後の訓練場は異様な熱気に包まれていた。
理由は単純だ。
今日行われるランキング戦が、ここ数ヶ月で最も注目を集める一戦だったからである。
訓練場を囲むように並んだ生徒達の視線は、誰一人として中央から外れていない。普段なら自主訓練に向かう者もいる時間だが、この日ばかりは違った。一年Bクラスの生徒達全員が集まっている。他クラスの生徒の姿も見える。
中央に立つのは二人。
レイン・クロード。
そしてアイザック・レオンハルト。
第2回査定で一位となった男と二位の男。
どちらもBクラスを代表する実力者でありながら、その評価のされ方は大きく違っていた。
アイザックは誰もが認める強者だった。
剣と魔法を高い水準で使いこなし、ランキング戦でもアルベルトにだけに敗北したが他は全勝して勝利を重ねている。純粋な戦闘能力だけならBクラス最強候補として名前が挙がることも珍しくない。
対するレインは違う。
ランキング戦でワルを下した実績はあるがランキング戦はそれだけ。授業は確かに好成績。夜間奇襲訓練でも高く評価された。
だが、それだけでBクラス一位という結果に納得していない者は少なくなかった。
今回の相手がアイザックだ。
査定順位と戦闘能力は必ずしも一致しないのは分かる。だがもしアイザックが勝てば、その声はさらに大きくなるだろう。
だからこそ皆が見に来ていた。
一位の実力を。
あるいは査定という評価そのものの正しさを。
観客席の最前列ではロイが落ち着きなく辺りを見回していた。
「すげぇ人数だな……」
思わず漏らした声に、隣のガレンとエリオットが苦笑する。
「当然だろ。今のBクラスで一番注目されている試合なんだからな」
その少し離れた場所ではワルが腕を組みながら中央を見つめていた。
表情は険しい。
レインに敗れたことは今でも忘れていない。だが同時に、アイザックの強さも理解している。
剣術だけなら自分の方が上だという自負はある。
しかし総合戦闘となれば話は別だった。
剣と魔法を自然に組み合わせるアイザックの戦い方は、自分には真似できない。
だから見届ける必要があった。
レインが本当に自分達より上にいるのか、それとも査定結果が偶然だったのか。
その答えが今日分かる。
やがて訓練場中央へ担任のバルトが歩み出る。
周囲のざわめきが少しずつ小さくなっていった。
レインとアイザックはすでに木剣を手に向かい合っている。
夕陽が差し込む訓練場には緊張が満ちていた。
二人の間に漂う空気は妙に静かだ。
だがその静けさの奥には、いつでも爆発する火薬のような緊張感が潜んでいる。
バルトは二人を見渡した後、短く告げた。
「ルールは通常のランキング戦だ。降参、戦闘不能、または私が続行不可能と判断した時点で終了」。
観客達も息を潜めている。
そしてバルトは右手を上げた。
「始め」
バルトの声が響くと同時に、アイザックが地面を蹴った。
距離を測る様子もない。様子見すらない。
最初から主導権を奪うつもりだった。
踏み込みは鋭く、振り下ろされた木剣は迷いなくレインの肩口を狙う。レインも即座に反応し、木剣を合わせて受け止めたが、衝突の瞬間にはすでに次の斬撃が迫っていた。
流れるような連撃だった。
ワルのような力任せの剣ではない。一撃一撃の重さならワルに軍配が上がるだろう。だがアイザックの剣は止まらない。防がれた瞬間には次の攻撃へ移り、相手に考える時間を与えない。
レインは後退した。
木剣を受け流しながら半歩下がり、さらに横へ動く。
だがアイザックは離れない。
追う。
距離を詰める。
そして剣が交差した瞬間、足元で風が弾けた。
アイザックの身体がわずかに加速する。
ただ速くなったわけではない。剣が伸びるような軌道に見える。
木剣がレインの肩を掠める。
観客席からどよめきが上がった。
「今の見たか」
「風か」
「いや、あれだけじゃない」ワルが眉をひそめる。
剣だけなら分かる。
だがアイザックは違う。
剣に風がを纏わせてる。なるほどだ厄介だな。
レインは攻めない。
ひたすら守る。
押されているようにも見える。
実際、主導権はアイザックにあった。
だがアイザック自身は徐々に違和感を覚え始めていた。
崩れない。
確かに押している。
防御の後もも乱している。
それなのに決定打だけが届かない。
あと一歩。
あと少し。
そこまで追い込んでいるのに仕留められない。まるでワル戦のレインみたいだ。
ワルは奥歯を鳴らしながら見てる。
レインは受け流す度に位置を変え、視線を動かし、まるで戦うよりも何かを見ているようだった。
アイザックは再び踏み込む。
風が巻く。
木剣が唸る。
今度は正面からではなく右へ回り込みながら斬撃を放つ。
レインが受ける。
その瞬間、横から風の塊が吹き飛ばす。
防御を崩すための風だ。
レインが受けた木剣が僅かに流される。
普通ならそこへ次の一撃が入る。
だがレインは体勢を崩さない。
流された木剣は自然に軌道を変え、気付けば再び正しい位置へ戻っている。
アイザックは目を細めた。
何かがおかしいが考える時間はない。
試合は続いている。
互いの木剣が激しくぶつかり合うたび、乾いた音が訓練場へ響いた。
これ以上すればこちらの体力を削るだけだ。
そしてついにアイザックは決断する。
長引かせれば不利になる。
ここで終わらせる。
身体の奥に残していた魔力を一気に解放した。
次の瞬間、訓練場を風が駆け抜ける。
観客達の制服が揺れた。
砂が舞う。
土が巻き上がる。
風は止まらない。
むしろ勢いを増していた。
アイザックを中心に生まれた風は渦を描きながら広がり、訓練場全体を覆っていく。
ロイが思わず目を細める。
「おい……」
砂塵が視界を塞ぐ。
訓練場の中央が霞む。
さらに数秒後には二人の姿が完全に消えていた。
観客達は立ち上がる。
だが何も見えない。
残ったのは唸る風の音だけだった。
だが、その風はただの目くらましではなかった。
砂塵の中へ踏み込んだレインはすぐに異変へ気付く。
頬に熱が走った。
反射的に後ろへ下がる。
次の瞬間には肩口を鋭い痛みが掠め、制服へ細い裂け目が走っていた。
魔法の刃が飛んできたわけでもない。それでも確かに切られている。
原因は周囲を吹き荒れる風だった。
正確には風に乗って高速で回転する砂粒だ。
一粒一粒なら何の脅威にもならない。だが風属性魔法によって加速された砂は、刃物にも近い鋭さを持って周囲を切り裂いていた。
なるほど近づくだけで傷だらけになるな。アイザックは自分の得意な戦場を作ったのだ。
視界を奪いながら相手を削り、自分だけが優位に立つための領域。
さすがだな。
レインは内心でそう評価する。
さほど派手な魔法ではない。
だが実戦的だった。
騎士学校の訓練という枠を越え、本当に戦場で使われることを前提に組み上げられた魔法だと分かる。
その直後、風の奥から気配が迫った。
アイザックだ。
姿は見えない。
だが剣が来る。
レインは木剣を合わせる。
鋭い衝突音が砂塵の中で先ほどまで以上に激しくなっていた。
アイザックの剣は鋭い。
砂塵領域の中ではさらに鋭い。
風の流れを利用しながら位置を変え、死角から攻撃を仕掛けてくる。
く。
普通なら対応できない。
だが数合打ち合ったところで、アイザックは違和感を覚え始めた。
おかしい、見えていないはずだ。
自分は風によって位置を把握している、だから戦える。
しかしレインは違う。
本来なら一方的に押すはずだった。だがまるでこちらの位置が分かっているかのようだそして、その違和感は次の瞬間に変わる。
消えた。
アイザックは目を見開いた。
確かにそこにいたはずだった、風の流れも捉えていたし気配も追っていた。
それなのに突然消えた。
探す。
風を操るが見つからない。どこにもいない。
視界の中から消えたのではない。
存在そのものが掴めなくなった。
あり得ない。
ここは自分の領域だ、自分だけが有利な領域のはずだった。それなのに相手を見失っている。
焦りが生まれる。
その瞬間だった。
背後で砂が揺れた。
反射的に振り向こうとしたアイザックの首筋へ冷たい感触が触れる。
木剣だった。
訓練場を覆っていた風が弱まっていく。
巻き上げられた砂が地面へ落ち少しずつ視界が戻る。
そして同時に、聞き慣れた声が砂塵の向こうから響く。
「そこまでだ」
バルトの声だった
そして中央の光景が姿を現した時、観客席は完全な沈黙に包まれた。
呆然と立ち尽くすアイザック。
その背後には木剣を首へ突き付けたレイン。
誰も何が起きたのか理解できなかった。理解できないのはアイザック自身も同じだった。
確かに追っていた。
確かに捉えていた。
それなのに、いつの間にか消えていた。
どうやって後ろを取られたのか。
なぜ見失ったのか。
何一つ分からないまま、勝敗だけが決していた。




