妥当
発表は続いた。
六位。
七位。
八位。
名前が呼ばれるたびに教室の空気は揺れた。順位を上げて安堵する者もいれば、思ったほど伸びず悔しそうに唇を噛む者もいる。査定とはそういうものだ。半年間積み上げてきたものが数字として突き付けられる以上、誰も平静ではいられない。
しかし発表が進むにつれ、生徒達の意識は少しずつ別の方向へ向かい始めていた。
まだ呼ばれていない者がいる。
その事実に気付き始めたのだ。
最初に首を傾げたのはロイだった。二十七位という結果に満足し、しばらくは上機嫌だったが、ふと何かに気付いたように教室を見回す。
「……あれ?」
隣のガレンが視線を向ける。
「どうした」
「いや」
ロイは前方の教壇のバルトを見る。
続いて上位陣の席を見る。
そして最後に隣へ視線を向けた。
レインはいつも通りだった。特に緊張した様子もなく座っている。
だが。
「お前、まだ呼ばれてなくないか?」
その一言で周囲の生徒達も気付いた。
教室のあちこちで視線が動く。
レイン。
順位表。
そしてまたレイン。
発表はすでに下位へ入っている。それなのにレインの名前はまだ呼ばれていない。
ざわめきが広がった。
「いや、まさか……」
「そんなことあるか?」
「でも残ってるぞ」
誰かの呟きが周囲へ伝わり、次第に教室全体へ広がっていく。
ワルもその事実に気付いていた。
腕を組んだまま前を向いているが、意識は完全に別の場所へ向いている。
レイン・クロード。
ランキング戦で自分を破った男。
夜間奇襲訓練でも、気付けば隣の場所へ現れていた男。
強いことは認めている。
だが一位となれば話は別だった。
アイザックより上。そこまでなのか?
そんな疑問が胸の奥に生まれていた。
やがて発表は終盤へ差しかかる。
残っている名前はもう僅かだった。
教室は自然と静まり返る。
誰も話さない。
バルトが紙をめくる音だけが妙に大きく響いた。
「一位」
短い言葉だった。
だが、その一言だけで教室中の空気が張り詰める。
ロイは固まっていた。
ガレンも無言だった。
ワルは知らず知らずのうちに拳へ力を込めている。
そして。
バルトが名前を告げた。
「レイン・クロード」
その瞬間、教室から音が消えた。
誰も声を上げない。
驚きすぎたのだ。
アルベルトの昇格は予想できた。
アイザックが二位なのも納得できる。
ワルが五位まで上がったことにも驚きはあったが理解はできた。
だがレインが一位。
それだけは予想の外だった。
「……は?」
最初に声を漏らしたのはロイだった。
驚きというより混乱に近い。
隣のレインを見る。
教壇を見る。
そしてもう一度レインを見る。
何度見ても変わらない。
「いや待て、本当に?」
教室のあちこちでも似たような反応が起きていた。
「レインが一位?」
「強いのは知ってるけど……」
「アイザックより上なのか?」
「いつの間にそんなことになってたんだ」
ざわめきは徐々に大きくなっていく。
その中心にいるレイン本人だけが微妙な顔をしていた。
順位が上がることは予想していた。
だが一位は話が違う。
目立つ。面倒事が増える。それが最初の感想だった。
一方でワルは静かに息を吐いた。
五位という結果に不満はない。
むしろ十分すぎる成果だ。
それでも胸の奥がざわつく。
自分が追いかけていた相手は、本当はもっと先にいたのではないか。
そんな考えが頭をよぎっていた。
教室のざわめきを聞きながら、バルトは静かに口を開く。
「納得できない顔が多いな」
その一言で空気が変わった。
半年の間で生徒達は知っている。この男は意味のない言葉を口にしない。だから誰も反論しない。
バルトは教室をゆっくり見渡した。
「夜間奇襲訓練を覚えているか」
その言葉に生徒達の表情が変わる。
忘れるはずがない。
夜の森。
突然始まった防衛戦。
押し寄せる魔物の群れ。
訓練だと知らされていなかったあの夜は、誰にとっても鮮烈な記憶だった。
「左翼が崩れかけた」
バルトが言う。
「中央が押し込まれた」
さらに続ける。
「魔法組へ魔物が流れかけた場面もあった」
教室が静かになる。
そして少しずつ思い出し始める。
あの夜のことを。
最も目立っていたのはアルベルトだった。
防衛線を組み立て、指示を飛ばし、混乱する生徒達をまとめ上げた。あの場の指揮官は間違いなくアルベルトだった。
ワルも目立っていた。
正面から魔物の圧力を受け続け、それでも持ち場を守り抜いた。
アイザックも同じだ。
優れた魔法で前線を支え、多くの魔物を倒していた。
だが。
崩れそうになった場所へ最初に現れたのは誰だったか。
押し込まれた生徒を支えたのは誰だったか。
横から回り込んだ魔物を止めたのは誰だったか。
思い返せば、そこにはいつも同じ人間がいた。
レインだった。
ワルの脳裏にも記憶が蘇る。
自分が二体の魔物を相手にしていた時のことだ。正面へ意識を向けていた自分は、横へ回り込んだ魔物への反応が遅れた。
あの時。
レインが割り込まなければどうなっていたか。
少なくとも無傷では済まなかっただろう。
左翼にいた生徒達も思い出していた。
体勢を崩した瞬間。
気付けば隣にレインがいたことを。
魔法組の生徒達も覚えている。
防衛線が揺れた時、いつの間にかレインが前へ出ていたことを。
バルトは生徒達の表情を見ながら続けた。
「レインは最も多く魔物を倒したわけではない」
教室が静まり返る。
「だが最も多く戦場を動いた」
その言葉は重かった。
「崩れそうな場所へ向かい、押されている場所を支え、味方が戦いやすい状況を作った。敵を倒した数だけなら上はいる。だが防衛線を維持した功績まで含めれば話は別だ」
誰も口を挟まない。
「戦場では敵を倒す者が必要だ」
バルトの視線がアイザックへ向く。
「部隊を指揮する者も必要だ」
今度はアルベルトを見る。
「だが、それだけでは部隊は生き残れん」
それは教師としての言葉ではなかった。
戦場を知る騎士としての言葉だった。
「戦線に穴が空いた時、それを埋められる者は少ない。戦場全体を見る目と、そこへ飛び込める実力が必要だからだ」
そして最後にレインを見る。
「私は、その能力を高く評価した」
その瞬間だった。
生徒達の中で点と点が繋がる。
レインは派手な活躍をしたわけではない。
だから目立たなかった。
だから見落としていた。
だが今になって思い返せば、あの夜の防衛線が最後まで崩れなかった理由の一つは間違いなくレインだった。
そんな中、沈黙を破ったのはアルベルトだった。
「妥当だな」
短い一言。
だが、その重みは大きかった。
教室中の視線が集まる。
アルベルトは気にした様子もなく続けた。
「僕は見ていた。防衛線が崩れそうになる度にレイン君は動いていた。彼がいなければ数人は大怪我をしていただろうね」
それだけ言うと黙る。
だが十分だった。
Bクラス全員が認める実力者。
そのアルベルトが納得している。その事実だけで教室の空気は大きく変わった。
ロイは隣のレインを見た。
「お前、そんなことしてたのか?」
「いや」
レインは困ったように頭を掻く。
「近かったから動いただけだけど」
その返答に教室のあちこちから呆れたような視線が向けられた。
バルトは小さく息を吐き、査定表を机へ置く。
「だから言ったはずだ」
その声には僅かな熱があった。
「騎士は一人では戦わん」
半年前なら理解できなかった言葉の意味を、生徒達はようやく実感し始めていた。




