妥当
「一位――レイン・クロード」
その名前が告げられた瞬間、教室から音が消えた。
誰も声を上げない。
驚きすぎたのだ。
アルベルトの昇格は予想できた。アイザックが二位なのも納得できる。ワルが五位まで上がったことにも驚きはあったが、夜間奇襲訓練やランキング戦での働きを思えば理解できる範囲だった。
だが、レインが一位。
それだけは誰も予想していなかった。
「……は?」
最初に声を漏らしたのはロイだった。
それは驚きというより混乱に近い。
隣に座るレインを見て、順位表を見て、もう一度レインを見る。
どう考えても一致しない。
教室のあちこちでも同じ反応が起きていた。
「レインが一位?いや、強いのは知ってるけど……」
「アイザックより上なのか?いつの間にそんなことになってたんだ」
小さなざわめきが広がっていく。
当の本人だけは周囲の反応についていけていないようだった。
レイン自身も少し意外そうな顔をしている。
もちろん順位が上がる予想はしていた。
だが一位となれば話は別だ。厄介事が増える。
その様子を見ていたワルは無意識のうちに拳を握っていた。
五位。
結果には満足している。いや、しなければならない。
十二位から五位だ。
普通なら物凄いと言えるだろう。
それでも胸の奥がざわつく。
自分が追いかけていた背中は、思っていたよりもずっと遠かったのではないか。
そんな考えが頭をよぎっていた。
教室のざわめきを聞きながら、バルトは静かに口を開いた。
「不満そうな顔をしている者が多いな」
その一言で教室の空気が引き締まる。
この半年の間で生徒達はこの男が無意味な言葉を口にしないことを理解していた。だから誰も反論しない。
バルトは教室を見渡した。
「レインが一位で納得できない者もいるだろう」
否定する声はない、だが肯定する声もない。沈黙こそが答えだった。
バルトは机へ手を置いたまま続ける。
「なら聞く」
その視線がゆっくりと教室を巡る。
「夜間奇襲訓練を覚えているか」
その言葉に生徒達の表情が変わった。
忘れるはずがない、夜の森。突然始まった防衛戦。次々と押し寄せる魔物の群れ。
訓練だと知らされていなかったあの夜は、誰にとっても鮮烈な記憶だった。
「あの夜、左翼が崩れかけた場所があった」
教室が静かになる。
「中央が押し込まれた場所もあった」「魔法組や後方支援組へ魔物が流れそうになった場面もあった」
その言葉を聞いた瞬間、何人かの生徒が思わずレインを見た。
バルトは続ける。
「その度に誰がいた」
誰も答えない。
いや、答えられなかった。あの時は自分が生き残ることで精一杯だった。他人の事など見ていなかった。
今になって思い返しているのだ。
あの夜の記憶を。
最前線で最も目立っていたのはアルベルトだった。
それは間違いない。
防衛線を組み立て、指示を飛ばし、混乱する生徒達をまとめ上げた。
あの場の指揮官は間違いなくアルベルトだった。
ワルも目立っていた。アイザックも目立ってた。
正面から魔物を押し返し続け、防衛線の中央を支えていた。
だが。
崩れそうになった場所へ最初に現れた人間は誰だったか。
押し込まれた生徒を助けたのは誰だったか。
横から回り込んだ魔物を止めたのは誰だったか。
思い返せば、そこにはいつも同じ人間がいた。
レインだった。
「……」
ワルの脳裏にも記憶が蘇る。
自分が二体の魔物を相手にしていた時のことだ。
正面へ意識を向けていた自分は横へ回り込んだ魔物に気付くのが遅れた。
あの時。
レインが割り込まなければどうなっていたか。
少なくとも無傷では済まなかっただろう。
左翼の生徒も思い出していた。
体勢を崩した瞬間。
気付けば隣にレインがいた。
魔法組の生徒達も覚えている。
防衛線が揺れた時、いつの間にかレインが前へ出ていたことを。
バルトは生徒達の表情を見ながら言った。
「レインは最も多く魔物を倒したわけではない、だが最も多く戦場を動いた」
「崩れそうな場所へ向かい、押されている場所を支え、味方が戦いやすい状況を作った」
誰も口を挟まない。
「戦場では敵を倒す者が必要だ」
バルトの視線がアイザックへ向く。
「部隊を指揮する者も必要だ」
今度はアルベルトを見る。
「だが、それだけでは部隊は生き残れん」
それは騎士学校の教師ではなく、戦場を知る騎士の言葉だった。
「戦線に穴が空いた時、それを埋められる者は少ない。圧倒的な実力と戦場を広く見る目がいる」
バルトはゆっくりと言った。
「そして私は、その能力を高く評価した」
その瞬間だった。
生徒達の中で点と点が繋がる。
レインは派手な活躍をしたわけではなかった。
目立たなかった。
だからこそ見落としていた。
だが今になって思い返せば、あの夜の防衛線が最後まで崩れなかった理由の一つは間違いなくレインの存在だった。
ワルは静かに息を吐いた。
悔しさはある。
当然だ。
だが不思議と納得もしていた。
自分は前だけを見て戦っていた。
アルベルトは全体を見て指揮していた。
そしてレインは、全体を見てその隙間を埋めていた。
そう考えると、一位という結果に反論する気は起きなかった。
そんな中、沈黙を破ったのはアルベルトだった。
「妥当だな」
短い一言。
だが、その重みは大きかった。
教室中の視線が集まる。アルベルトは特に気にした様子もなく腕を組んだ。
「僕は見ていた。防衛線が崩れそうになる度にレイン君は動いてくれた。彼がいなければ数人は大怪我したかもしれないね」
それだけ言うと黙るだが十分だった。
Bクラス全員が認める実力者のそのアルベルトが納得している。
その事実だけで空気は大きく変わった。
ロイは隣のレインを見た。
「お前、そんなことしてたのか?」
「いや」
レインは困ったように頭を掻く。
「近かったから動いただけだけど」
バルトは呆れたように目を細める。
そして査定表を机へ置いた。
「だから言ったはずだ」
その声は熱があった。
「騎士は一人で戦わん」
半年前なら理解できなかった言葉の意味を、生徒達はようやく実感し始めていた。




