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英雄なのか?  作者: よろず
エルディオン連邦編 アストレア魔導公国

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アストレア魔導学園解決へ1


翌朝。


イリシア邸の静寂を破るように、玄関の呼び鈴が激しく鳴り響いた。


一度ではない。


間を置くことなく、何度も。


慌てた足音が廊下を駆け抜け、応対に向かった使用人の驚いた声が聞こえてくる。


「ミ、ミレイナ様……?」


その声に応接室にいたレインたちは顔を上げた。


ただ事ではない。


数秒後、扉が勢いよく開く。


姿を現したのは、副学園長秘書ミレイナだった。


昨日まで乱れ一つなかった栗色の髪は風に乱れ、額には汗が滲んでいる。


肩で息をしながらも、礼儀だけは崩さない。


「朝早くから失礼いたします……!」


だが、その声には隠し切れない焦りが滲んでいた。


レインは立ち上がる。


「何がありました。」


ミレイナは一度だけ呼吸を整える。


そして、震える声で告げた。


「ギデオン副学園長より、至急お越しいただきたいとのことです。」


「学園で殺人事件が起きました。」


部屋の空気が一瞬で凍り付く。


エレアの表情が鋭く変わる。


「被害者は。」


ミレイナは静かに目を伏せた。


「魔導史学部のローベルト・エインズ教授です。」


その名前を聞いた瞬間、レインの脳裏へ昨夜の光景が蘇る。


地下広間。


壇上近くの席。


禁呪資料へ食い入るように視線を向けていた、一人の教授。


――昨夜、確かに生きていた。


レインは短く息を吐いた。


「……行きましょう。」


その一言だけで十分だった。


誰も質問しない。


誰も迷わない。


六人は足早に応接室を出る。


胸騒ぎは、すでに確信へ変わり始めていた。



馬車は朝のアストレアを駆け抜けていた。


窓の外では、学園へ向かう学生や研究者たちが足を止め、何事かと研究棟の方角を見つめている。


「殺人事件らしい。」


「教授が……?」


「まさか学園で。」


不安げな声が風に乗って聞こえてきた。


まだ詳しい事情を知る者はいない。


それでも、人づてに広がる噂だけで学園全体がざわつき始めていた。


馬車の中は静かだった。


エレアもピリカも口を開かない。


昨夜地下で見た光景と、今朝知らされた殺人事件。


二つが無関係だと思える者は、この場には誰もいなかった。


やがて馬車は正門を避け、管理棟裏手の職員用通用口へ滑り込む。


そこには数名の警備職員が待機していたが、レインたちを見ると無言で一礼し、そのまま中へ案内する。


廊下は異様なほど静まり返っていた。


普段なら職員が行き交う時間にもかかわらず、人影はほとんどない。


ギデオンが意図的に人払いをしているのだろう。


最上階へ辿り着くと、ミレイナは足を止めることなく執務室の扉を開いた。


「副学園長、お連れしました。」


「入りなさい。」


昨日と変わらぬ穏やかな声。


だが、その奥に隠しきれない疲労が滲んでいた。


部屋へ入ると、ギデオンは席を立って三人を迎える。


机の上には大量の書類が積まれ、その隣には飲みかけの紅茶が冷めたまま残されていた。


一睡もしていないことは誰の目にも明らかだった。


「急な呼び出しとなり、申し訳ありません。」


ギデオンは深く頭を下げる。


その直後、ミレイナが杖を掲げた。


淡い光が部屋の四隅を走り、遮音結界が静かに展開される。


昨日と同じ魔法。


この部屋の話を誰にも聞かせないための備えだった。


結界が完成すると、ギデオンは一枚の書類を三人の前へ差し出した。


「本日未明、魔導史学部のローベルト・エインズ教授が研究室で遺体となって発見されました。」


レインは書類へ目を落とす。


発見時刻は日の出直後。


第一発見者は研究助手。


死因は調査中。


見たことのない魔術の術式跡。


エレアも見たことのない魔術。


「特殊魔術でしょうか?」


「見せて」


ピリカがホ〜と唸る。


争った形跡はほとんどなし。


研究資料の持ち出しも確認されていない。


「室内は異様なほど整っていました。」


ギデオンは静かに続ける。


「まるで犯人だけが姿を消したような現場です。」


部屋へ重い沈黙が落ちた。


レインはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。


「副学園長。」


「昨夜、お話しすべきか最後まで迷ったことがあります。」


ギデオンの表情が変わる。


「……何でしょう。」


レインは昨夜の出来事を順を追って話し始めた。


図書館。


三つ並ぶ書架。


結界で隠された地下通路。


その先にあった地下施設。


失踪した五人全員が、自らの意思で集会へ参加していたこと。


そして、《生命融合術》――キメラ生成禁呪の解読が完了したという報告。


部屋は静まり返っていた。


話を遮る者は誰もいない。


すべてを聞き終えたギデオンは、組んだ両手へ視線を落としたまま動かなかった。


やがて長い沈黙の末、小さく息を吐く。


「……信じ難い話です。」


その声には驚きと、自責の念が入り混じっていた。


「学園の地下に、そのような施設が存在していたとは。」


ミレイナも息を呑んだまま言葉を失っている。


ギデオンはゆっくりと顔を上げた。


「昨夜、その集会へ参加していた教授が、今朝殺害された。」


「偶然とは思えません。」


「私もそう考えています。」


レインは静かに頷いた。


「ですが、地下の組織が殺したとは断定できません。」


「あの場で見た限りでは、彼らは禁呪を悪用する集団ではありませんでした。」


「少なくとも、表向きは。」


ギデオンは静かに目を閉じる。


依頼を出した時、自ら口にした言葉が脳裏をよぎっていた。


――学園内部に協力者がいる可能性を否定できない。


その予感は、最悪の形で現実味を帯び始めていた。


「……まずは事実を確認しましょう。」


ギデオンは静かに立ち上がる。


「この件は、まだ学園長にも報告しません。」


エレアが僅かに目を細めた。


「よろしいのですか。」


「ええ。」


ギデオンは迷わず答える。


「地下施設が実在するのか。」


「それとも、すでに姿を消したのか。」


「それすら確認できていない状況で情報を広げれば、本当に内部協力者がいた場合、相手へこちらの動きを知らせるだけになります。」


その判断に、レインも異論はなかった。


ギデオンはミレイナへ視線を向ける。


「信頼できる警備職員を四名だけ集めてください。」


「地下施設の確認を行います。」


「承知しました。」


ミレイナは力強く頷き、すぐに執務室を後にした。

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