潜入成功9
レインとピリカは、通路の陰へ身を寄せたまま、広間の様子を窺っていた。
地下とは思えないほど整えられた空間だった。
壁際には幾つもの書棚が並び、中央には長机と椅子が規則正しく置かれている。集まっているのは教授や講師、研究員だけではない。学園の制服を身に着けた学生の姿も混じっていた。
年齢も立場もばらばら。
それでも誰一人として談笑する者はおらず、全員が広間の奥へ向けて真剣な表情を浮かべている。
レインは一人ずつ顔を確認していく。
教授。
研究員。
学生。
見覚えのない者ばかりだった。
その隣で、ピリカが小さく袖を引く。
「レイン。」
囁くような声だった。
視線の先を追う。
広間の右側。
幾つか並ぶ長机の一つに、二人の学生が座っていた。
資料で何度も確認した顔だった。
消息を絶った学生二名。
二人とも拘束されてはいない。
怪我をしている様子もなく、周囲の者たちと同じように資料へ目を落としている。
さらに奥。
白衣姿で立っている男女。
失踪した研究員二名。
壇上に近い席には、消息を絶った講師の姿まであった。
五人全員。
誰一人欠けることなく、この地下へ集まっている。
「生きてた……。」
五人の様子に不自然さはない。
助けを求める素振りもなければ、周囲を警戒している様子もない。むしろ自分からこの場へ参加し、これから始まる話を待っているように見えた。
拉致ではない。
少なくとも、今の五人は自分の意思でここにいる。
やがて、広間のざわめきが静まった。
壇上へ一人の男性が上がる。
五十代ほどの痩身の男だった。地味な灰色の法衣に身を包み、手には数枚の資料を持っている。身なりだけを見れば、学園内のどこにでもいそうな研究者にしか見えない。
男は集まった者たちを一度見渡すと、静かに口を開いた。
「本日も、予定通り始めましょう。」
落ち着いた声が広間へ響く。
「この場に新たに加わった方もいますので、改めて我々の目的を確認しておきます。」
男の言葉に、数人が姿勢を正した。
「我々は、学園や各国が危険と判断した知識を無条件に広めようとしているわけではありません。」
レインはその言葉へ僅かに目を細める。
予想していたものとは少し違う。
壇上の男は続けた。
「危険な術式を、理解も責任もない者へ渡せば、多くの犠牲を生む。それは我々も理解しています。」
「しかし――」
そこで一度言葉を切る。
「危険だからという理由だけで、知識そのものを消し去ってよいのでしょうか。」
広間は静まり返っていた。
「過去の失敗。」
「失われた研究。」
「封じられた魔法理論。」
「それらを記録から消し、誰にも触れさせず、一部の人間だけが存在を知る。」
男の声音に、少しずつ熱が加わっていく。
「それは保護ではありません。」
「独占です。」
誰も声を上げない。
だが、集まった者たちの表情を見る限り、その言葉へ強く共感していることは明らかだった。
「知識は、正しく残されなければならない。」
「危険性も、過去に何が起きたのかも、なぜ禁じられたのかも含めてです。」
「知らない者に判断する権利はない。」
「そして、知る者だけが判断を独占してよい理由もない。」
ピリカがレインの隣で小さく息を呑む。
この集まりは、ただ禁じられた力を求める者たちのものではなかった。
少なくとも表向きは、失われる知識を守り、独占に抗うことを目的としている。
だからこそ、研究者だけでなく学生まで集まっているのだろう。
壇上の男は手にしていた資料へ視線を落とした。
「そして本日、皆さんへ報告があります。」
その一言で、広間の空気が変わる。
先ほどまで静かに聞いていた者たちが、僅かに身を乗り出した。
男はゆっくりと顔を上げる。
「長らく進めてきた禁呪資料一つがの解読が、完了しました。」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、広間の至る所から抑え切れないざわめきが広がった。
失踪した五人も例外ではない。
驚きと興奮を隠せない様子で壇上を見つめている。
レインは物陰から、その光景を静かに見据えた。
学園関係者五人の失踪。
三つの書架。
司書を通じた接触。
すべての先にあったものが、ようやく輪郭を現し始めていた。




