潜入成功8
レインは閉ざされた研究室の扉をしばらく見つめると、その場を静かに離れた。
無理に侵入することはできる。
だが、中にどれほどの結界が張られているか分からない以上、強引な突破は相手へ存在を知らせるだけだ。
そのまま気配を消したまま学園を後にし、イリシア邸へ戻った。
「ピリカ。」
部屋へ入るなり名を呼ばれ、ピリカは首を傾げる。
「どうしたの?」
「手伝ってほしいことがあります。」
レインが事情を説明すると、ピリカは「なるほど」と頷いた。
「結界魔法かぁ。」
少しだけ遠い目になる。
「昔、おばあちゃんに散々やらされたんだよね。」
「張る方じゃなくて?」
「ううん。」
ピリカは苦笑しながら首を振る。
「解除する方。」
「『敵は解除して入ってくる。だから解除する側を知らなきゃ意味がない』って。」
「朝から晩まで結界ばっかりだったなぁ……。」
その懐かしそうな口調に、レインは思わず苦笑した。
「厳しい師匠ですね。」
「本当に。」
ピリカは肩を落とした。
「何回引っ掛かって吹き飛ばされたか分かんないよ。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑う。
翌日の夕方。
再び中央図書館。
昨日と同じように教授が現れ、同じように研究員風の男と接触する。
二人が研究棟へ向かったのを確認すると、レインとピリカは十分な距離を保ちながら後を追った。
教授は昨日と同じ研究室へ入る。
扉が閉まると同時に、複数の結界魔法が研究室全体を包み込んだ。
二人は人気がなくなるのを待ち、静かに研究室へ近付く。
ピリカは扉へ手を添えると、ゆっくりと目を閉じた。
「……三重。」
小さく呟く。
「遮音、侵入検知、施錠。」
「思ったより普通。」
レインが小さく頷く。
「解除できますか。」
「簡単。」
ピリカは指先へ魔力を集中させた。
魔法陣へ直接干渉するのではない。
流れる魔力を一本一本ほどいていくように、慎重に術式を崩していく。
数十秒後。
「できた。」
小さな音と共に結界が消える。
レインが静かに扉を開く。
室内はどこにでもある研究室だった。
机。
書棚。
壁一面の資料。
だが、教授達の姿はない。
「……。」
レインは部屋をゆっくり見渡す。
その時だった。
ピリカが書棚の前で足を止める。
「レイン。」
「こっち。」
レインが近付く。
書棚の裏側。
壁と本棚の境目へ、もう一つ結界魔法が張られていた。
先ほどのものより、さらに巧妙に隠されている。
「普通なら気付かないね。」
ピリカは静かに息を吐く
「でも、おばあちゃんの結界より全然分かり易い。」
その言葉にレインは再び苦笑した。
「あの方に比べれは…。比較対象がおかしいですよ。」
「えへへ。」
ピリカは照れ笑いしながら、再び術式へ指を伸ばした。
今度は時間が掛かった。
幾重にも重なった術式を一つずつ外していく。
やがて最後の一層がほどけると、書棚が音もなく横へ滑った。
その奥には、下へ続く石造りの通路が伸びていた。
二人は顔を見合わせ、小さく頷く。
気配を消したまま通路へ足を踏み入れる。
薄く灯る魔導灯が一定間隔で並び、地下とは思えないほど綺麗に整備されている。
しばらく進んだ先で、二人は足を止めた。
通路の向こうには広い空間が広がっていた。
そこには三十人近い人々が集まっている。
教授。
研究員。
講師。
学生。
立場も年齢もばらばらだった。
誰もが真剣な表情で壇上を見つめている。
だが、何の集まりなのかまでは分からない。
レインは物陰へ身を潜めたまま、その異様な光景を静かに見据えた。




