潜入成功4
翌朝。
朝食を終えたレインは、一人でアストレア魔導学園へ向かった。
イリシアたちは普段通り講義へ出席し、エレアも家庭教師として同行している。昨日見つけた三つの書架を確認するだけなら、一人で十分だった。
中央図書館へ足を踏み入れると、静寂に包まれた空間が迎える。
高く伸びる本棚の間を、学生や研究員が静かに行き交う。ページをめくる音だけが時折響き、この街らしい落ち着いた空気が流れていた。
レインは迷うことなく目的の区画へ向かう。
失踪した五人が、例外なく利用していた三つの書架。
魔法理論。
魔導具。
古代史。
それぞれまったく異なる分野だった。
レインは棚の端から順に本を手に取り、内容を確認していく。
専門書。
研究書。
古い論文集。
どれも学園図書館に置かれていて不思議ではない本ばかりだった。
棚そのものにも細工はない。
魔力の痕跡も感じられない。
「……違う。」
小さく呟き、本を元の場所へ戻す。
秘密があるとすれば、本でも棚でもない。
レインはその場で周囲へ視線を巡らせた。
三つの書架は少し離れて配置されている。
だが、そのどれからも自然に足が向く場所が一つだけあった。
書架の中央に設けられた閲覧室。
本を借りる前に内容を確かめたり、資料をまとめたりするための、ごく普通の部屋だった。
レインは何気ない様子で一冊の本を手に取り、閲覧室へ入る。
窓際の席へ腰を下ろし、本を開く。
文字を追いながらも、意識は室内全体へ向けていた。
時間だけが静かに過ぎていく。
学生が本を抱えて入り、読み終えると席を立つ。
研究員が資料を書き写し、別の書架へ向かう。
何の変哲もない光景だった。
一時間ほど経った頃。
一人の男子学生が閲覧室へ入ってきた。
手にしているのは、三つの書架の一つから持ってきた本だった。
学生は席へ着き、本を開く。
だが、視線はほとんど頁へ落ちない。
時折、入口へ目を向けている。
誰かを待っている。
レインは本へ視線を落としたまま、その様子だけを観察した。
やがて白衣姿の研究員が閲覧室へ入ってくる。
学生と研究員の目が、一瞬だけ合った。
言葉はない。
頷きもしない。
研究員はそのまま閲覧室を横切り、別の書架から一冊の本を手に取ると、何事もなかったかのように図書館を出て行った。
学生はすぐには動かない。
数十秒ほど間を置いてから静かに立ち上がり、本を棚へ戻す。
そして研究員が歩いて行った方向へ姿を消した。
レインは本を閉じる。
偶然。
そう片付けることもできる。
だが、ここで結論を急ぐつもりはなかった。
一度だけなら、ただの偶然。
二度、三度と同じ光景が繰り返されるなら、それは偶然ではない。
レインは再び本を開き、静かに次の来訪者を待った。
それからしばらく待ったが、同じような動きは起こらなかった。
昼を過ぎる頃には閲覧室の利用者も増え、学生たちの出入りが途切れなくなる。誰かを待っているように見えた者もいたが、先ほどの二人ほど不自然ではない。
レインは本を閉じ、静かに席を立った。
今すぐ男子学生を追うこともできた。
だが、一度の出来事だけで動けば、こちらの存在を知られる可能性がある。相手が学園内部の人間なら、なおさら慎重になるべきだった。
棚へ本を戻しながら、レインは閲覧室を振り返る。
三つの書架。
中央の閲覧室。
そこで交わされた、言葉のない接触。
少なくとも、五人が大量の本を借りていた理由は、単なる研究ではないかもしれない。
レインは何事もなかったように図書館を後にした。
次は、あの学生が再び現れるかを確かめる。
それまでは、この仮説を誰にも漏らさない方がいい。
まだ、手掛かりと呼ぶには弱すぎた。




