潜入成功3
一週間が過ぎた。
レインたちはイリシアの関係者として学園へ出入りしながら、失踪事件について可能な限り情報を集め続けていた。
イリシアは普段通り講義へ出席し、エレアは家庭教師として学園関係者とも少しずつ顔を合わせるようになった。ピリカもイリシアと行動を共にすることが増え、学生たちの間ではすっかり顔を覚えられている。
その間、レインも校内の様子を観察し続けた。
学生たちの日常。
講師たちの動き。
研究棟への人の流れ。
警備体制。
夜間の巡回。
閉鎖された研究室周辺も注意深く見ていたが、不審な人物も、不自然な動きも見当たらない。
事件は、まるで最初から存在しなかったかのように静まり返っていた。
その夜。
イリシア邸の応接室には、レインたちに加え、イリシアとリーヴェも集まっていた。
机の上にはギデオンから預かった失踪者五人分の資料が積み上げられている。
「一度、最初から見直しましょう。」
レインの一言で、全員が頷いた。
その時、お茶を運んできたメイド長が部屋の中を見回し、ふと口を開く。
「失礼ですが……床へ並べられた方が見やすいのではありませんか?」
「床ですか?」
「はい。一度に見比べるなら、その方が分かりやすいかと。」
確かに机の上では五人分を同時に広げるには狭い。
レインたちは資料を床へ並べ始めた。
人物ごとではなく、失踪した順に。
氏名。
所属。
聞き取り記録。
行動記録。
図書館の貸出履歴。
一枚一枚を並べ終える頃には、応接室の床は資料で埋め尽くされていた。
「こうして見ると、結構な量ですね。」
ピリカが小さく息を漏らす。
そこへ今度は料理長がお茶菓子を持って現れた。
「皆様、お夜食を――」
部屋へ入った料理長は、床いっぱいに並ぶ資料を見て思わず足を止める。
「どうかなさいましたか?」
イリシアが尋ねると、料理長は苦笑した。
「いえ……皆様、本当に勉強熱心な方々だったのですね。」
「本?」
レインが顔を上げる。
料理長は資料の一枚を指差した。
「図書館の貸出履歴です。一度にこれほど借りる方は、よほど熱心なのだと思いまして。」
その何気ない一言に、レインの視線が貸出履歴へ向く。
五人とも十冊前後。
確かに多い。
だが、研究者や学生なら珍しくはないだろう。
イリシアも頷く。
「試験前や研究中でしたら、このくらい借りる方は珍しくありません。」
「そうですか。」
レインは一度納得しかける。
しかし、もう一度貸出履歴へ目を落とした時、その指が止まった。
「……違う。」
「レイン?」
レインは五人分の貸出履歴だけを抜き出し、静かに並べ替え始めた。
「本の題名じゃない。」
そう呟きながら、貸出記録の端に書かれた管理番号へ目を向ける。
「イリシア様。この番号は、図書館の書架番号ですね。」
「はい。棟と書架、それから棚番号です。」
レインは一枚ずつ確認していく。
魔法理論。
錬金術。
魔導具。
古代文字。
歴史。
借りた本はまったく違う。
だが――。
「ありました。」
全員が息を呑む。
レインは五人分の資料を並べ直し、同じ箇所へ指を置いた。
「五人とも、必ずこの三つの棚から本を借りています。」
部屋が静まり返った。
エレアが資料を見比べ、小さく目を見開く。
「本当ですね……。」
「内容に共通点はありません。」
レインは静かに続ける。
「ですが、この三つの棚だけは、五人全員が利用しています。」
学園側は借りた本を調べた。
だから共通点は見つからなかった。
だが、誰も――。
『どの棚から借りたのか』までは見ていなかった。




