潜入成功?
翌朝。
窓から差し込む柔らかな朝日が屋敷の応接室を照らしていた。
レインたちが朝食を終える頃には、すでに屋敷の使用人たちは慌ただしく動き始めている。
今日から三人は、イリシアの関係者としてアストレア魔導学園へ出入りする。
失踪事件の調査は極秘。
その事実を知る者は、副学園長ギデオン、秘書ミレイナ、冒険者ギルド支部長ディルク、そしてこの屋敷のごく一部だけだった。
「皆さん、ご準備はよろしいですか?」
イリシアが制服姿で姿を現す。
白と紺を基調としたアストレア魔導学園の制服は、帝国のものとは違い装飾を極力抑えた実用的な意匠だった。胸元には学園章が刺繍され、長い金髪が朝日に照らされて柔らかく輝いている。
「問題ありません。」
レインが答えると、エレアも静かに頷いた。
「私も大丈夫です。」
一方、ピリカだけは落ち着きなく周囲を見回していた。
「楽しみだなぁ……。魔導学園ってどんな所なんだろ。」
その様子にイリシアが思わず笑みを浮かべる。
「きっと気に入りますよ。研究棟だけでも一日では見て回れないくらい広いんです。」
「そんなに!」
目を輝かせるピリカを見て、リーヴェは小さく苦笑した。
「見学ではありませんから、くれぐれも迷子にならないようお願いします。」
「はーい。」
返事だけは立派だった。
レインとエレアは顔を見合わせ、小さく笑う。
この調子なら、学園へ入っても付き添いという立場に違和感はないだろう。
屋敷を出ると、朝の街はすでに活気に満ちていた。
石畳の大通りには学生や研究者が次々と学園へ向かい、白衣姿の研究員が分厚い資料を抱えて足早に歩いていく。
魔導具店では店主が開店準備を進め、軒先では小型魔導灯の明かりを調整する職人の姿も見えた。
パン屋からは焼き立ての香りが漂い、学生らしい若者たちが紙袋を片手に友人と笑い合いながら通り過ぎていく。
「朝から賑やかですね。」
エレアが周囲を眺めながら呟く。
「講義は朝から始まりますから。」
イリシアが説明する。
「この時間帯は一番人が多いんです。」
歩きながらレインは自然と周囲へ目を向ける。
騎士学校とは雰囲気がまるで違う。
武器を腰に下げた者は少なく、代わりに杖や魔導書、巻物を抱えた学生が目立つ。
談笑の内容も魔法式や研究発表、新しい魔導具についてばかりだった。
街全体が学問を中心に回っている。
そんな印象を受ける。
やがて巨大な白い校門が見えてきた。
高くそびえる塔。
幾重にも連なる校舎。
空中回廊で繋がれた研究棟。
遠目に見ても、その規模は昨日案内された一角だけではなかったことが分かる。
「改めて見ると、本当に大きいですね。」
レインの言葉にイリシアが微笑む。
「まだ全部見ていません。地下研究区画や実験施設まで含めると、私も知らない場所があります。」
門の前では職員たちが学生証を確認していた。
イリシアの姿を見ると、受付の職員は穏やかに一礼する。
「おはようございます、イリシア様。」
「おはようございます。」
その後ろに立つレインたちへ視線が向けられるが、職員は驚く様子もなく頷いた。
「副学園長より伺っております。本日より関係者として登録しておりますので、どうぞお入りください。」
「ありがとうございます。」
レインたちは軽く礼を返し、校門をくぐった。
学園の中は、街以上に活気で満ちていた。
講義へ急ぐ学生。
研究結果について議論を交わす教授たち。
中庭では実演授業が始まっており、小規模な魔法陣から淡い光が立ち上っている。
その光景を見たピリカが思わず立ち止まった。
「……すごい。」
普段ならすぐ駆け寄っていただろう。
しかし今日は違う。
ちらりとレインを見ると、小さく息を吐いて歩き出した。
「後で見よう。」
その一言に、レインは少しだけ感心した。
「ちゃんと我慢できましたね。」
「えへへ。」
照れくさそうに笑うピリカの隣で、イリシアも嬉しそうに微笑む。
「放課後でしたら、一緒に見に行きましょう。」
「本当?」
「もちろんです。」
そんな何気ない会話を交わしながら歩く四人へ、周囲の学生たちが時折視線を向ける。
帝国公爵家の令嬢と見慣れない三人。
多少目を引く組み合わせではある。
しかし、それ以上に不審がられる様子はない。
『イリシア様の護衛だろう。』
『家庭教師も来たって聞いたぞ。』
そんな小さな声が耳へ届く。
昨日までに手続きを済ませていたこともあり、情報はすでに学園内へ自然な形で広まっているようだった。
レインは内心で安堵する。
少なくとも潜入は成功した。
ここから先は焦る必要はない。
目立たず、少しずつ。
学園の日常へ溶け込みながら、五人が消えた理由を探っていけばいい。
その時だった。
「イリシア様、おはようございます!」
前方から数人の女子生徒が笑顔で手を振りながら近づいてくる。
イリシアも柔らかな笑みを浮かべて応じた。
「皆さん、おはようございます。」
アストレア魔導学園での新しい日常が、静かに幕を開けようとしていた。




