再会2
リーヴェは屋敷の扉を開き、三人を中へ案内した。
「どうぞ。イリシア様もお呼びいたします。」
磨き上げられた廊下を進みながら、レインは静かに周囲へ視線を巡らせる。
屋敷は帝国公爵家の長期滞在用として用意されたものだけあって、本邸ほどの規模こそないものの、調度品の一つひとつに気品が漂っていた。廊下ですれ違う使用人たちも無駄な動きを見せず、主人へ仕える者らしい落ち着いた所作を見せている。
やがて応接室へ案内されると、リーヴェは三人へ席を勧めた。
「少々お待ちください。」
そう言い残して部屋を出ると、ほどなくして廊下の向こうから軽やかな足音が近づいてきた。
扉が勢いよく開く。
「レインさん! エレアさん!」
嬉しそうな表情を浮かべたイリシアが姿を現した。
久しぶりの再会に自然と頬が綻び、そのまま二人へ歩み寄ろうとしたイリシアだったが、不意に見慣れない少女の姿へ気付き、足を止める。
金色の髪を揺らしながら、自分を興味深そうに見つめる少女。
その存在に首を傾げたイリシアは、不思議そうに微笑んだ。
「その方は……?」
レインが穏やかな表情で答える。
「新しく仲間になったピリカです。」
紹介されると、ピリカはぱっと笑顔になり、小さく手を振った。
「ピリカだよ! よろしくね!」
その人懐っこい笑顔につられるように、イリシアも柔らかな笑みを返す。
「初めまして。イリシア・フォン・エーベルハルトです。よろしくお願いします。」
「よろしく!」
互いに頭を下げ合うだけの短い挨拶。
それだけだったが、二人の間に気まずい空気はまったく生まれなかった。
エレアが微笑みながら二人を見比べる。
「実は、お二人とも同い年なんですよ。」
「えっ、本当ですか?」
イリシアが驚いたように目を丸くすると、ピリカは嬉しそうに何度も頷いた。
「うん! 一緒だね!」
「そうだったんですね。」
思わず笑みを零したイリシアにつられ、ピリカも満面の笑みを浮かべる。
初対面とは思えないほど自然に打ち解けていく二人を見て、レインとエレアも思わず顔を見合わせた。
その和やかな光景を見守っていたリーヴェは、頃合いを見計らって静かに口を開く。
「イリシア様。」
その一声だけで、イリシアは今日の訪問が単なる再会ではないことを察した。
笑みを残したまま表情を引き締めると席へ腰を下ろし、レインたちへ向き直る。
「何か、お話がおありなのですね。」
レインも頷き、全員が席へ着いたことを確認する。
するとエレアは杖を静かに取り出し、小さく詠唱を紡いだ。
淡い魔力が部屋全体へ広がり、壁や天井をなぞるように透明な膜が形成される。
外へ音は漏れず、外の物音も届かない。
遮音魔法だった。
リーヴェはその魔法を一瞥すると、何も言わず静かに頷く。
これほど慎重に秘匿を図る以上、軽い相談ではないことを理解したのだ。
一方のイリシアも、部屋の空気が一変したことを感じ取り、自然と背筋を伸ばした。
レインは一度だけリーヴェと視線を交わすと、ギデオンから聞かされた内容を最初から順を追って話し始めた。
学園で生徒を含む五人が消息を絶っていること。
学園側だけでは調査に限界があり、極秘裏に冒険者ギルドへ協力を依頼したこと。
そして、内部に協力者がいる可能性すら否定できないため、目立たず学園へ出入りできる立場が必要であること。
話が進むにつれ、イリシアの表情から笑みが消えていく。
話を聞き終える頃には、その瞳には静かな驚きと真剣な光が宿っていた。
「行方不明者の噂は耳にしていました。」
イリシアはゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「ですが、生徒の間では根拠のない噂話も多く、学園側がここまで深刻に受け止めているとは思っておりませんでした。」
リーヴェも静かに頷く。
「私も同様です。学園が外部へ協力を求めるほどとは予想しておりませんでした。」
レインは改めて姿勢を正した。
「そこでお願いがあります。」
イリシアは真っ直ぐレインを見る。
「自分はイリシア様の護衛として、エレアは魔法の家庭教師を兼ねた護衛として、ピリカは付き添いとして、学園へ出入りさせていただきたいのです。」
「もちろん、無理にとは申しません。」
「ご迷惑をお掛けすることになりますので、ご判断はイリシア様へお任せします。」
イリシアは最後まで静かに話を聞くと、小さく微笑んだ。
「その程度のことでしたら、お安い御用です。」
迷いはまったく見られない。
「ライゼン自由都市連合では、皆さんに護衛と街の案内をお願いしました。その時は本当にお世話になりましたし、とても心強かったです。」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる。
「その皆さんのお役に立てるのでしたら、喜んで協力させていただきます。」
レインたちは揃って頭を下げた。
「ありがとうございます。」
話がまとまったことを確認すると、エレアは静かに杖を下ろした。
「遮音魔法を解除します。」
淡い光がゆっくりと薄れ、部屋を包んでいた透明な膜が音もなく消えていく。
外の気配が戻ったことを確認すると、イリシアはリーヴェへ視線を向けた。
「リーヴェ。」
「はい。」
「屋敷の各部署の責任者を集めてください。」
「承知いたしました。」
リーヴェは一礼すると部屋を出て行き、ほどなくして応接室へ数名の使用人たちが集まってきた。
屋敷全体を取りまとめるメイド長。
食事を預かる料理長。
護衛を統括する護衛責任者。
さらに執事をはじめとする各部署の責任者が揃い、イリシアへ一斉に頭を下げる。
イリシアは全員の顔を見渡してから、落ち着いた口調で告げた。
「こちらの三名は、本日より私の大切なお客様です。」
レイン、エレア、ピリカへ穏やかな笑みを向ける。
「学園へ通う間は、私の関係者としてこの屋敷へ滞在していただきます。不自由のないよう、皆さんで支えてください。」
「かしこまりました。」
責任者たちは揃って深く頭を下げた。
その様子を確認すると、イリシアはリーヴェへ小さく頷く。
「もう一つ、お願いします。」
「承知しております。」
リーヴェは一歩前へ出ると、責任者たちへ静かに告げた。
「本国へ送る定期報告ですが、レイン様、エレア様、ピリカ様のことは記載しないでください。」
責任者たちは一瞬だけ顔を見合わせた。
だが理由を聞き終えた途端、誰からともなく納得したような息が漏れる。
「旦那様がお知りになれば……。」
「間違いなく勘違いなさいますね。」
「護衛が増えた理由を、最悪の方向へお考えになるでしょう。」
「帝国から大量の超越者様方を送り込まれるかもしれません。」
全員が真剣な表情で頷き合う。
レインたちは思わず圧倒されてしまう。
これほど多くの者が何の打ち合わせもなく同じ結論へ至るということは、それだけ公爵の性格が屋敷中へ知れ渡っている証拠だった。
イリシアは困ったように苦笑する。
「ですから、お父様には内緒でお願いします。」
「承知いたしました。」
誰一人として異論はなかった。
すると、一人の責任者がおそるおそる口を開く。
「ですが、旦那様がお気付きになった場合は……。」
その問いへ答えたのは、イリシアだった。
「その時は問題ありません。」
普段と変わらぬ穏やかな笑み。
だが、その笑みの奥にはどこか底知れない闇があった。
「お母様達に前へ出ていただきます。」
その一言だった。
責任者たちの表情が一斉に明るくなる。
「それなら安心です。」
「奥様がおられるなら大丈夫ですね。」
「旦那様も逆らえるはずがありません。」
誰もが深く頷く中、レインたちは思わず顔を見合わせた。
公爵家の力関係が、その一瞬で綺麗に理解できたのである。
「……なるほど。」
レインがぽつりと漏らすと、エレアも肩を震わせながら微笑んだ。
「どこのご家庭も、最後に強いのは奥様なのかもしれませんね。」
その言葉に、応接室は和やかな笑いに包まれた。




