再会
高級屋敷街へ足を踏み入れると、街の空気が一変した。
石畳は隅々まで磨き上げられ、道幅も学園周辺より広い。両脇には高い塀に囲まれた屋敷が立ち並び、それぞれの門には各家を示す紋章が掲げられている。
王侯貴族や各国の有力者が滞在する区画だけあり、人通りは驚くほど少ない。その代わり、門番や巡回する私兵の姿が至るところに見受けられた。通りを歩くだけでも、幾つもの視線がこちらを確認しているのが分かる。
「警備が厳しいですね。」
レインが小さく呟く。
「当然でしょう。」
エレアは周囲へ視線を巡らせた。
「この辺りに滞在しているのは、各国でも指折りの身分を持つ方々ばかりです。警備が厳重でなければ、それ自体が問題になります。」
やがて三人は、一軒の屋敷の前で足を止めた。
白い石壁に囲まれた瀟洒な屋敷。
広い庭は丁寧に整えられ、数名の私兵が一定の間隔を保ちながら巡回している。屋敷全体から漂う警戒の気配は、近隣の屋敷と比べても一段上だった。
しかし――。
「思ったより小さいですね。」
エレアが率直な感想を漏らす。
ピリカも同意するように頷いた。
「ザルディア帝国公爵家の三女ですから、もっと大規模な屋敷を想像していた。」
「十分大きいけどね。」
レインが苦笑する。
確かに一般的な屋敷と比べれば十分過ぎるほど広い。
だが、帝国でも屈指の公爵家令嬢の滞在先として考えれば、これは長期滞在用に用意された別邸という印象だった。
門へ近づいたレインは、小さく首を傾げる。
「……門番がいませんね。」
帝国公爵家の屋敷なら、正門には門衛が立っていて当然のはずだった。
そう思った、その時だった。
「門番なら必要ありません。」
聞き覚えのある落ち着いた声が静かに響く。
屋敷の門柱の陰から、一人の女性が姿を現した。
黒髪を後ろでまとめ、侍女服へ身を包んだその姿は、ライゼンで別れた時と何一つ変わっていない。
リーヴェだった。
「屋敷の前に得体の知れない気配を感じましたので、誰かと思えば……。」
穏やかな微笑みを浮かべる。
「皆様でしたか。」
リーヴェは三人へ丁寧に一礼した。
「ライゼンでは、イリシア様を護衛していただき、本当にありがとうございました。」
その言葉を口にしながら顔を上げた、その瞬間だった。
リーヴェの視線が、ピリカで止まる。
空気が変わった。
表情は変わらない。
だが、レインとエレアには分かった。
殺気はない。
それでも全身の力が一瞬で研ぎ澄まされ、いつでも動ける状態へ切り替わっている。
指先が僅かに侍女服の内側へ添えられ、重心が半歩だけ落ちた。
ほんの僅かでも異変があれば、次の瞬間には制圧へ移る。
それほど自然で、それほど隙のない構えだった。
対するピリカは、そんな緊張などまるで気付いていない。
「?」
小さく首を傾げるだけで、きょとんとしている。
レインは小さく咳払いをした。
「リーヴェ殿。」
「……はい。」
警戒を解かないまま、リーヴェが返事をする。
「紹介します。」
レインは苦笑しながら続けた。
「リーヴェ殿ならご存じかと思いますが……あのイゼルダ様のお孫さんです。」
一瞬だった。
リーヴェの瞳が大きく見開かれる。
「……まさか。」
ピリカは何の緊張もなく、にこりと笑った。
「ピリカだよ!」
元気よく頭を下げる。
「おばあちゃんに、レインたちについて行きなさいって言われたの!」
その名前を聞いた瞬間だった。
屋敷を包んでいた張り詰めた空気が、ふっと消える。
リーヴェは深く息を吐くと、すぐに姿勢を正し、改めて丁寧に頭を下げた。
「これは大変失礼いたしました。」
先ほどまでの警戒は、もう欠片も残っていない。
「あの方のお孫様とは存じ上げず、無礼をお許しください。」
「ううん。」
ピリカはけろりと笑う。
「全然気にしてないよ!」
その屈託のない笑顔に、リーヴェもようやく小さく笑みを浮かべた。
「……なるほど。」
レインたちへ視線を戻す。
「皆様が新たな旅の仲間として迎えられた理由が、よく分かりました。」
そう言うとリーヴェは一歩身を引き、屋敷の門へ手を添える。
「どうぞ、お入りください。イリシア様も、皆様のお越しを大変喜ばれると思います。」




