アストレア魔導学園からの依頼3
部屋に静かな沈黙が流れた。
レインは資料から視線を上げると、一度だけエレアと目を合わせる。冒険者という立場のまま学園内を歩き回れば、どうしても目立つ。相手が学園内部にいる可能性がある以上、調査を始めたことを自ら知らせるようなものだった。
「一つ、ご提案があります。」
ギデオンは静かに頷いた。
「お聞かせください。」
「現在、この学園へ留学されているザルディア帝国公爵家三女、イリシア・フォン・エーベルハルト様とは面識があります。」
その一言に、ギデオンの表情がわずかに変わった。隣に控えるミレイナも、意外そうにレインたちを見る。
「……イリシア様と面識がおありなのですか。」
「はい。ライゼン自由都市連合に滞在されていた際、護衛依頼を受けていました。」
「そうでしたか。」
事情を聞いたギデオンは、納得したようにゆっくりと頷いた。
「イリシア様がこちらへ来られる以前の詳しい行程までは、学園側でも把握しておりませんでした。国外から来られた皆様と、どのような繋がりがあるのかと思いましたが、そういうご縁でしたか。」
レインは小さく頷き、本題へ入った。
「まずはイリシア様ご本人の了承をいただく必要がありますが、自分たちをイリシア様の関係者という立場で、学園へ出入りさせていただくことは可能でしょうか。」
「関係者というのは、具体的にはどのような立場をお考えですか。」
「自分は護衛、エレアは魔法の家庭教師を兼ねた護衛、ピリカはお側付きです。」
ギデオンはすぐに答えず、三人を順に見た。
アストレア魔導学園には学生寮が用意されているが、王族や上位貴族の子弟の中には、市内の屋敷から通う者もいる。ザルディア帝国公爵家の令嬢であるイリシアなら、護衛や使用人が学園へ同行していても、不自然に思う者はいないだろう。
「なるほど。それなら皆様が学園内にいても、余計な疑念を持たれる可能性は低いでしょう。」
ギデオンは提案の意図を理解すると、静かに頷いた。
「特にエレア殿が魔法の家庭教師という立場なら、図書館や訓練場へ出入りしていても不自然ではありません。ピリカ殿も、イリシア様のお側付きであれば学生たちの近くにいても目立たないでしょう。」
「ただし、こちらの判断だけで決めるつもりはありません。」
レインが言葉を続ける。
「先にイリシア様とリーヴェ殿へ事情を説明し、了承をいただきます。」
その答えに、ギデオンの表情が少し和らいだ。
「それがよろしいでしょう。イリシア様は本学が正式にお招きした大切な留学生です。ご本人の知らないところで立場を利用するわけにはいきません。」
「屋敷の場所を教えていただけますか。」
レインが尋ねると、ギデオンはミレイナへ視線を向けた。
「市内地図を。」
「承知しました。」
ミレイナは書棚から折り畳まれた地図を取り出し、机の上へ広げた。学園を中心にいくつもの通りが描かれており、その北東に広がる屋敷街の一角を指先で示す。
「イリシア様はこちらの屋敷から通学されています。」
学園からは歩いて十分ほどの距離だった。各国から訪れた王侯貴族や有力者が滞在する区画らしく、周囲には大きな屋敷が並んでいる。
「帝国側が長期滞在のために借り上げた屋敷です。リーヴェ様もそちらで暮らしておられます。」
「ありがとうございます。」
レインは場所を確認し、地図を受け取った。
「これから伺います。」
「お願いいたします。」
ギデオンは席を立ち、三人へ頭を下げた。
「イリシア様とリーヴェ殿の了承が得られましたら、改めてこちらへお越しください。学園への出入りに必要な手続きは、私とミレイナで整えます。」
「承知しました。」
三人も立ち上がる。
ミレイナが杖を軽く動かすと、部屋を包んでいた結界が音もなく消えた。先ほどまで外界から切り離されていた執務室へ、廊下を行き交う職員たちの微かな足音が戻ってくる。
「北側の通用口までご案内します。」
ミレイナに続いて執務室を出た三人は、静かな管理棟の廊下を歩き始めた。




