アストレア魔導学園からの依頼
サンロが東方諸国へ旅立ってから三日。
レインたちはアストレア冒険者ギルドの食堂で昼食を取っていた。
昼時とあって食堂は多くの冒険者で賑わっている。依頼を終えて酒を飲む者、地図を広げて次の依頼について語り合う者、巨大な魔物の素材を前に報酬の分け前で口論する者まで、その光景はいかにも冒険者ギルドらしかった。
「それでよ、結局三日も山を歩かされたんだ。」
「それくらいで済んだなら運が良いじゃねぇか。」
近くの席から聞こえてきた豪快な笑い声に、ピリカも思わず肩を揺らして笑う。
「どこの国へ行っても、冒険者ギルドはあまり変わりませんね。」
「変わるのは依頼の内容くらいでしょう。」
エレアが微笑みながら答えると、レインも静かに頷いた。
「街が違えば求められる仕事も違う。それでも、冒険者が集まる場所の空気はどこも同じですね。」
依頼を終えて安堵する者。
次の仕事へ向けて情報を集める者。
危険な依頼へ挑む仲間と杯を交わす者。
国は違っても、冒険者という生き方を選んだ者たちが集う場所には、不思議と共通した空気が流れていた。
そんな穏やかな昼のひとときを、一人の受付嬢が静かに破る。
三人の姿を見つけると、足早に歩み寄ってきた。
「レイン様。」
穏やかな声だったが、その表情には仕事中らしい緊張感が浮かんでいる。
「お食事中に失礼いたします。支部長がお呼びです。」
レインは手を止めた。
「何かありましたか。」
「申し訳ありません。詳しいことは私も伺っておりません。ただ、お時間をいただきたいとのことです。」
エレアがレインへ視線を向ける。
「急ぎのようですね。」
「そうみたいです。」
レインは小さく頷き、席を立った。
「すぐ向かいます。」
受付嬢に案内され、三人は食堂を後にする。
賑やかな食堂を離れ、静かな廊下を進むこと数分。
やがて案内されたのは、ギルド最奥にある支部長室だった。
「支部長、お連れしました。」
「入りたまえ。」
重厚な扉を開けると、室内ではアストレア冒険者ギルド支部長ディルクが応接用のソファへ腰掛けて待っていた。
現役時代はSSランク冒険者として名を馳せ、今なお上位超越者の一人に数えられる実力者。その威圧感は年齢を重ねた今もまったく衰えておらず、静かに座っているだけで部屋全体へ自然と緊張感が広がっていた。
ディルクは三人の姿を確認すると、小さく頷く。
「忙しいところ、すまない。」
「いえ。」
レインたちが向かいへ腰を下ろすと、ディルクは無駄な前置きを挟まず本題へ入った。
「今朝、アストレア魔導学園の副学園長から、ギルドへ極秘の要請が届いた。」
その一言だけで、室内の空気が静かに張り詰める。
「魔導学園から、ですか。」
エレアの問いに、ディルクは頷いた。
「ああ。要請内容は調査依頼だ。」
「調査……。」
レインが短く繰り返す。
ディルクは机の上へ置かれた封書へ視線を落とした。
「詳しい話は副学園長本人から聞いてもらうことになる。ただ、一つだけ言えることがある。」
そこで言葉を切り、三人を順番に見渡す。
「学院内部だけでは動けない事情がある。」
静かな一言だった。
しかし、その重みは十分過ぎるほど伝わってきた。
アストレア魔導学園ほどの組織が、自ら外部へ助けを求める。
それだけで、この依頼が決して普通ではないことは明らかだった。
「私が君たちを推薦した。」
ディルクは真っ直ぐレインたちを見据える。
「実力はもちろんだが、君たちはまだこの国に着いて間もない。今回の件に関わってないと思う。」
「それに必要以上に依頼人の事情へ踏み込まない。それが今回、一番重要だった。」
その評価に、レインは静かに耳を傾ける。
ギルドが依頼人から信頼を得るためには、実力だけでは足りない。
守るべき秘密を守れるかどうかもまた、冒険者としての資質だった。
「依頼を受けるかどうかは君たち次第だ。だが、副学園長はできるだけ早く会いたいとのことだ。」
レインはエレア、そしてピリカへ視線を向けた。
二人とも迷うことなく静かに頷く。
その様子を確認すると、レインは再びディルクへ向き直った。
「承知しました。その依頼、お引き受けします。」
ディルクは静かに頷く。
「感謝する。」
そう言うと机の引き出しから一通の封書を取り出した。
封蝋には、アストレア魔導学園の紋章が刻まれている。
「これは副学園長から預かっている紹介状だ。学園へ着いたら、正門ではなく北側の職員通用口へ向かってほしい。」
「正門ではないのですね。」
エレアが尋ねると、ディルクは苦笑した。
「今回の件は極秘だ。学園内でも事情を知る者は、ごく限られている。」
そう言って封書をレインへ差し出す。
「君たちが呼ばれたことも、極力知られたくないらしい。」
レインは封書を受け取り、大切そうに懐へしまった。
「承知しました。」
ディルクは三人へ視線を向けたまま、静かに言葉を続ける。
「私が知っているのは、魔導学園で不可解な事件が続いていること。そして、副学園長が学院内部だけでは解決できないと判断したことだけだ。」
「支部長でも内容はご存じないのですか。」
「聞かなかった。」
即答だった。
「依頼人が話す必要はないと判断した以上、それ以上踏み込むのはギルドの流儀ではない。」
元高位冒険者らしい、簡潔で迷いのない答えだった。




