また東諸国で
研究員たちに見送られ、レインたちは古代文字研究所を後にした。
外へ出ると、夕暮れの空は茜色から群青へとゆっくり色を変え始めている。石畳の通りには魔導灯が一つ、また一つと灯り始め、研究都市アストレアは昼間とは違う落ち着いた表情を見せていた。
しばらく四人は並んで歩く。
誰も口を開かなかった。
それぞれが、先ほど研究所で聞いた話を静かに噛みしめていたからだ。
やがて最初に口を開いたのはサンロだった。
「……私も、そろそろ東方諸国へ戻らなければなりません。」
レインが隣を見る。
「もう帰られるのですか。」
「本当なら、もう少しこちらで商売もしたいですし、研究所の様子も気になります。」
サンロは苦笑を浮かべる。
「ですが、これ以上帰らないと商会の者たちに本気で怒られます。」
そう言った途端、肩がぴくりと震えた。
「前回も『また勝手に予定を延ばしたんですか』と散々叱られまして……。」
「今回はかなり長く留守にしていますから……想像するだけで胃が痛いです。」
その姿にピリカが吹き出した。
「そんなに怖いの?」
「こ、怖いですよ!」
サンロは即座に頷く。
「商会長だから好き勝手できると思われがちですが、幹部全員から一斉に詰め寄られるんです。」
「『商会長、仕事をしてください』って。」
両肩を抱えて震える姿は、東方で名の知れた商人とは思えない。
エレアも思わず口元へ手を添えた。
「それは……少し見てみたい気もしますね。」
「勘弁してください。」
サンロは心底困ったように笑った。
笑いが落ち着くと、サンロは改めて三人へ向き直る。
「本音を言えば……皆さんにも東方まで護衛をお願いしたいところです。」
「皆さんと一緒なら、道中も安心ですから。」
レインは穏やかに首を横へ振った。
「申し訳ありません。」
「私たちは、もう少しエルディオン連邦を見て回る予定です。」
「せっかくここまで来ましたから、各国の文化や魔導技術も、自分たちの目で見ておきたいと思っています。」
エレアも静かに頷く。
「まだ訪れていない共和国や公国もありますし、急いで帰る理由もありませんから。」
「そうですか。」
サンロは少し残念そうに笑ったが、すぐに表情を和らげた。
「皆さんらしいですね。」
「またどこかで、ご一緒できる日を楽しみにしております。」
するとピリカがぱんっと手を叩いた。
「はい、この話は終わり!」
三人が一斉に振り向く。
「せっかく依頼も終わったんだし、今日は美味しいもの食べよう!」
その一言に、自然と全員の表情がほころぶ。
「それは賛成です。」
サンロも笑顔で頷いた。
「帰る前に、改めて皆さんへお礼もしたいですから。」
レインとエレアも顔を見合わせ、小さく笑う。
「では行きましょう。」
四人は夕暮れの街を歩き、賑わい始めた食事処へ向かった。
翌々日の朝。
アストレアの街は、朝日を浴びながらゆっくりと目を覚まし始めていた。
街の東門には何台もの荷馬車が並び、商隊の護衛を務める冒険者や傭兵たちが出発の準備を進めている。
その一角で、サンロの馬車にも最後の荷物が積み込まれていた。
「忘れ物はありませんか。」
サンロが確認すると、積み込みを終えた商人が一礼する。
「すべて準備できております。」
「分かりました。」
サンロは満足そうに頷くと、レインたちのもとへ歩み寄った。
「皆さん、本当にありがとうございました。」
そう言って深く頭を下げる。
「今回の旅は、皆さんがいなければ途中で終わっていたかもしれません。」
「あの木箱を無事にアストレアまで運ぶことができたのも、皆さんのおかげです。」
レインは穏やかに首を横へ振る。
「私たちは依頼を果たしただけです。」
「それでもです。」
サンロは静かに笑った。
「皆さんには、依頼以上のものをいただきました。」
一呼吸置き、どこか照れくさそうに続ける。
「東方諸国へ来られる機会がありましたら、その時はぜひサンロ商会へお立ち寄りください。」
「今度は依頼人としてではありません。」
「友人として、皆さんを歓迎したいと思っています。」
「商人は、人との縁が何よりの財産ですから。」
「改めて、お礼もさせてください。」
ピリカは嬉しそうに笑った。
「その時は遠慮しないからね。」
「望むところです。」
サンロも笑い返す。
「東方には、こちらとは違う料理も景色もあります。商人しか知らないような場所にもご案内できますよ。」
「それは楽しみですね。」
エレアが微笑むと、サンロは嬉しそうに頷いた。
やがて御者が出発の時間を告げる。
「商会長、そろそろ参りましょう。」
「ええ。」
サンロは最後にもう一度三人を見渡した。
「皆さん、お元気で。」
「また必ず、お会いしましょう。」
レインたちも静かに頷く。
「道中、お気を付けて。」
「ありがとうございます。」
サンロは軽く手を振ると馬車へ乗り込み、商隊はゆっくりと東門を抜けて街道へ進み始めた。
朝日に照らされた幌馬車は少しずつ小さくなり、やがて街道の彼方へと消えていく。
レインはその背中を静かに見送り、小さく息を吐いた。
「さて。」
「私たちも行きましょう。」
エレアとピリカも頷き、三人は再び賑わい始めたアストレアの街へ歩き出した。




