鑑定結果発表2
研究員は静かに書物を閉じると、レインたちを見渡した。
「我々が驚いたのは、書物の内容そのものではありません。」
その言葉にサンロが首を傾げる。
「内容では……ないのですか。」
「ええ。」
研究員は頷き、書物の隣に置かれた羊皮紙へ視線を移した。
「書物と魔法陣。この二つが揃った状態で残されていたこと、そのものです。」
部屋にいた研究者たちも静かに頷く。
「古代遺跡から発見される資料の多くは、書物だけ、石板だけ、あるいは魔導具だけです。長い年月の中で散逸し、本来は一対だった資料が別々に発見されることは決して珍しくありません。」
一人の研究者が苦笑を浮かべた。
「むしろ、それが普通です。」
「しかし今回は違いました。」
最初の研究員が言葉を引き継ぐ。
「書物と魔法陣は同じ木箱へ保管されていました。そして調査の結果、この二つは互いを補い合うために作られた資料である可能性が極めて高いと判断しています。」
サンロの脳裏へ、競売で見た古びた木箱が浮かぶ。
あの時は、ただ古い品がまとめて収められているだけだと思っていた。
だが、それには明確な意味があったのだ。
「つまり……。」
レインが静かに口を開く。
「どちらか一方だけでは、本来の価値を理解できないということですか。」
「その通りです。」
研究員は迷いなく頷いた。
「そこまで判明したことこそ、今回最大の成果でした。」
部屋はしばらく静寂に包まれる。
やがて研究員は小さく息を吐き、少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ですが、現時点でお伝えできるのは、ここまでです。」
「完全な鑑定には至っていません。」
「今日終わるのか、数日後なのか、来年なのか――あるいは、この先も解き明かせないのか。」
研究員は自嘲気味に笑った。
「それは我々にも分からないのです。」
「古代文字の研究は、新たな資料が一つ見つかっただけで、昨日まで読めなかった文章が突然読めるようになることがあります。」
「逆に、何十年研究を続けても一文字も進まないことも珍しくありません。」
「学問とは、そういう世界なのです。」
研究者たちの表情には悔しさではなく、未知へ挑み続ける者だけが持つ静かな熱意が宿っていた。
研究員は書物へそっと手を添え、改めてサンロへ向き直る。
「そこで、一つお願いがあります。」
「お願い……ですか。」
サンロが姿勢を正すと、研究員は深々と頭を下げた。
「もしご承諾いただけるのであれば、この書物と魔法陣を、今後も当研究所で研究させていただけないでしょうか。」
部屋にいた研究者たちも一斉に頭を下げる。
「もちろん所有権はサンロ様のものです。我々が無断で保管することも、第三者へ公開することもありません。」
「調査の進捗は定期的にご報告し、新たな事実が判明した際には、真っ先にお知らせいたします。」
一拍置き、研究員は静かに続けた。
「ただ、この資料は一日や二日で結論が出るものではありません。」
「新たな資料の発見によって研究が大きく進む可能性もあれば、何年経っても進展がない可能性もあります。」
「それでも我々は、この研究を続けたいのです。」
真っ直ぐな眼差しには、純粋な探究心だけが宿っていた。
サンロは腕を組み、静かに考え込む。
商人として見れば、価値も用途も分からない品を持ち歩き続ける意味は薄い。
しかも正体不明の遺物である以上、無理に手元へ置いておく方が危険かもしれない。
やがてサンロは小さく頷いた。
「分かりました。」
その一言に、張り詰めていた部屋の空気がわずかに和らぐ。
研究者たちの表情にも安堵の色が浮かんだ。
「私も商人です。」
サンロは穏やかに笑う。
「価値が分からない物を自分の手元へ置いておくより、専門家へ預ける方が良いと判断しました。」
「ぜひ研究を続けてください。」
研究員は深く一礼した。
「ありがとうございます。」
サンロは懐から小さな手帳を取り出し、一枚の紙へ丁寧に文字を書き始める。
「私は東方諸国を拠点に商会を営んでいます。」
書き終えた紙を研究員へ差し出した。
「こちらがサンロ商会の連絡先です。」
「何か新しいことが判明しましたら、この商会までご連絡ください。」
研究員は紙を両手で受け取り、大切そうに目を通した。
「承知いたしました。」
「進展があり次第、必ずご報告いたします。」
サンロは静かに微笑み返す。
「急ぐ必要はありません。」
「数か月後でも、数年後でも構いません。」
「答えが見つかった時に知らせていただければ、それで十分です。」
その言葉に、部屋にいた研究者たちは改めて深々と頭を下げた。




