調査終了
アストレアへ滞在して三日目。
朝から中央広場は学生や研究者で賑わっていた。
白衣姿の研究者が資料を抱えて研究所へ向かい、その傍らでは職人が新作の魔導具を実演し、商人たちが興味を示した客へ品を勧めている。学問と生活が自然に溶け合う光景は、アルディア王国とはまったく異なる空気を街全体へ生み出していた。
「本当に研究者の街ですね。」
エレアが感心したように呟く。
レインも周囲を見渡しながら頷いた。
「知識そのものに価値を置く街なのでしょう。」
三人は学生たちに教えてもらった店を巡り、焼きたてのパンを味わい、古書店を覗きながら街を歩いた。
どの店の主人も気さくで、旅人である三人を温かく迎えてくれる。
講義を終えた学生たちは広場や食堂で議論を交わし、研究者たちは手帳へ何かを書き込みながら足早に研究所へ戻っていく。
「なんだか、この街らしい景色だね。」
ピリカが笑うと、エレアも穏やかに微笑んだ。
「ええ。学ぶことが、この街の日常なんですね。」
夕方、三人が宿へ戻ると、宿の主人がカウンターから顔を上げた。
「お帰り。ちょうど良かった。」
「昼過ぎに古代文字研究所から使いが来てな。調査が終わったから、時間のある時に来てほしいそうだ。」
レインたちは顔を見合わせる。
ついに結果が出たのだ。
そのまま食堂へ向かうと、夕食にはまだ少し早い時間にもかかわらず、サンロがテーブルいっぱいに帳簿や計算書を広げ、宿の店員と話し込んでいた。
「でしたら、この魔導紙は東方でも十分売れます。ただ、輸送費を考えると……」
そこまで話したサンロは店員の視線につられるように振り返る。
「あっ、レインさん!」
ぱっと表情を明るくし、慌てて立ち上がった。
「お帰りなさい。散歩はもう終わったんですね。」
「はい。今戻りました。」
レインが答えると、サンロは安心したように笑った。
「それは良かったです。」
店員も席を立ち、帳簿を閉じるサンロへ笑いかける。
「続きはまた今度にしましょう。」
「ありがとうございます。助かりました。」
深々と頭を下げると、サンロは広げていた帳簿を手際よく革鞄へしまい始めた。
その様子を見ていたピリカが笑う。
「仕事してたんだ。」
「待っているだけでは落ち着きませんから。」
サンロは照れ笑いを浮かべた。
「商人は時間があれば、つい商売のことを考えてしまうんです。」
「サンロさんらしいですね。」
レインも自然と笑みを浮かべる。
すると宿の主人がカウンター越しに声を掛けた。
「そうだ。研究所からの連絡、もう伝えたからな。」
その一言で、サンロの動きが止まる。
「……え?」
「調査が終わったそうだ。」
しばらく呆然としていたサンロだったが、勢いよくレインへ向き直った。
「ほ、本当ですか!」
「はい。」
レインは静かに頷く。
サンロは何度も頷きながら深呼吸を繰り返した。
「ついに……。」
木箱を預けてから今日まで、商売へ意識を向けてはいても、心のどこかでは常にあの書物のことが引っ掛かっていた。
その答えを、ようやく聞くことができる。
「今から向かいますか?」
エレアが尋ねる。
「お願いします。」
サンロは迷わず答えた。
「一日でも、一刻でも早く知りたいんです。」
レインは窓の外へ目を向ける。
夕暮れまでは、まだ少し時間がある。
「十分間に合いますね。」
「では、すぐ出発しましょう。」
サンロは革鞄を肩へ掛けると、忘れ物がないか周囲を見回した。
「あっ。」
危うく帳簿を置き忘れそうになり、慌てて抱え直す。
その様子にピリカが吹き出した。
「慌てすぎ。」
「すみません……。」
サンロは照れくさそうに頭をかいた。
「結果が気になって、落ち着かなくて。」
「分かります。」
エレアも優しく微笑む。
「何日も待ちましたからね。」
準備を終えた四人は宿を後にした。
夕方のアストレアは、昼間とはまた違う活気に包まれている。
講義を終えた学生たちが仲間と笑い合いながら広場を歩き、研究者たちは本を片手に議論を続けていた。
街角では魔導灯が一つ、また一つと灯り始める。
その賑わいの中を、四人は古代文字研究所へ向かって歩き始めた。




