魔晶洞窟2
少し進んだところで、レインは不意に足を止めた。
「……聞こえます。」
洞窟の奥から、微かに金属がぶつかり合う音が響いてくる。
それに混じるように、誰かの叫び声も聞こえた。
「第二層の奥ですね。」
エレアも耳を澄ませ、小さく頷く。
「戦闘中でしょうか。」
レインは短く考え、二人へ視線を向けた。
「様子を見に行きます。」
「はい。」
三人は足音を殺しながら通路を進む。
曲がり角を一つ抜けると、視界が開けた。
そこでは六人組の若い冒険者たちが、十数匹の洞窟ウルフを相手に苦戦していた。
全員が同じ紺色の制服を身にまとっている。
「学生ですね。」
エレアが小声で呟く。
レインも頷いた。
「どこかの魔導学園でしょう。」
学生たちは必死に応戦していた。
しかし、この洞窟では魔法が思うように機能しない。
放った火球は途中で掻き消え、風刃は大きく軌道を逸れる。
前衛の二人が懸命に踏みとどまる一方、後衛は十分な援護ができず、少しずつ押し込まれていた。
「怪我人もいます。」
ピリカが小さく指差す。
最後列では女子生徒が足を押さえ、壁にもたれ掛かっていた。
レインは剣の柄へ手を添える。
「行きます。」
「はい。」
次の瞬間、レインは群れの中央へ飛び込んだ。
鋭い一閃。
先頭の洞窟ウルフが倒れる。
続けて二匹、三匹。
速すぎず、派手すぎず。
Cランク冒険者として不自然に見えない範囲で動きを抑えながらも、着実に群れの数を減らしていく。
エレアはレインの背後へ回り込み、死角から迫った個体だけを正確に斬り伏せる。
ピリカも軽やかに駆け、一匹の喉元へ短剣を滑らせた。
やがて最後の一匹が倒れると、洞窟には静寂が戻る。
学生たちはその場へ座り込み、大きく息を吐いた。
「た、助かりました……。」
代表らしき男子生徒が深々と頭を下げる。
レインは剣を納めた。
「お怪我は。」
「命に別状はありません。ただ、回復薬をほとんど使い切ってしまって……。」
レインは腰のポーチから回復薬を三本取り出し、差し出した。
「応急処置には十分なはずです。」
「え……。」
「受け取ってください。」
男子生徒は戸惑いながらも両手で受け取り、何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます。」
学生たちの傷の具合を確認すると、レインは入口の方角へ目を向ける。
「このまま探索を続けるのは危険です。」
エレアはレインへ視線を向けた。
「レイン、私たちは依頼を進めます。」
「素材採取は私たちで済ませますので、皆さんをお願いします。」
「分かりました。」
レインは迷わず頷く。
「入口まで送り届けたら追い掛けます。」
「了解です。」
エレアはピリカへ声を掛ける。
「行きましょう。」
「うん!」
二人は奥の通路へ駆けていった。
その背中を見送り、レインは学生たちへ穏やかに声を掛ける。
「それでは、行きましょう。」
六人は安堵した表情で頷き、レインの後へ続いた。
第二層を後にすると、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
レインは周囲を警戒しながら歩調を合わせ、その後ろを学生たちが静かについて歩いた。
幸い、新たな魔物の気配はない。
しばらく歩いたところで、一人の男子生徒が遠慮がちに口を開く。
「助けていただき、本当にありがとうございました。」
「もう少し遅ければ、怪我人が増えていたと思います。」
レインは軽く首を振った。
「皆さんも十分に持ちこたえていました。」
「前衛のお二人が崩れなかったからです。」
前衛を務めていた男子生徒は照れくさそうに笑う。
「いえ……魔法が使えれば、あそこまで苦戦はしなかったんですが。」
「この洞窟だけは勝手が違いました。」
隣を歩く女子生徒も苦笑した。
「今日は授業で使う魔物素材を採りに来たんです。」
「先生から『魔晶洞窟は実戦経験になる』って送り出されたんですけど……。」
「まさに、その通りでした。」
レインは興味を持ったように尋ねる。
「皆さんは、どちらの学園に通われているのですか。」
「私たちは王立アストレア魔導学院です。」
女子生徒は笑顔で答えた。
「この街には学院以外にも大学や専門研究学院がありますから、学生といっても所属はさまざまなんですよ。」
会話を交わしているうちに、洞窟の入口から差し込む陽光が見え始める。
学生たちの表情にもようやく余裕が戻った。
女子生徒の一人がレインを見上げる。
「そういえば、お兄さんたちは旅の冒険者なんですか。」
「ええ。」
「依頼でアストレアへ来ました。」
「やっぱり。」
女子生徒は納得したように頷いた。
「本当に強いんですね。」
「近くで見ると、すごく格好いいです。」
その言葉に周囲の女子生徒たちも小さく笑う。
「旅の冒険者って感じがします。」
「アストレアの人じゃないですよね。」
レインは少しだけ苦笑した。
「初めて来たばかりなので、この街のことはまだよく知りません。」
「もし良ければ、おすすめのお店を教えていただけませんか。」
その一言で学生たちの表情が明るくなる。
「中央広場のパン屋さんは絶対ですよ!」
「北通りのシチュー専門店も有名です!」
「甘い物なら『星雫亭』がおすすめです!」
「本屋なら『ルーン書房』ですね!」
話に花が咲くうち、一行は洞窟の入口へ辿り着いた。
外の陽射しを浴びた学生たちは、安堵したように大きく息を吐く。
「ありがとうございました。」
六人が揃って頭を下げた、その時だった。
「レイーン!」
元気いっぱいの声が洞窟の奥から響く。
振り返ると、ピリカが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「見て見て!」
革袋から取り出したのは、鈍く光る岩殻リザードの尾腺だった。
「五層まで行ったら、すぐ見つかったよ!」
その後ろから歩いてきたエレアも穏やかに微笑む。
「必要数は揃いました。」
「思っていたより早く終わりましたね。」
学生たちの動きが止まる。
「……五層?」
誰かが思わず呟いた。
第二層で苦戦し、撤退を余儀なくされた自分たち。
別れた後、この二人は五層まで進み、依頼品を回収して戻ってきたという。
学生たちは互いに顔を見合わせたまま、驚きの表情でレインたち三人を見つめ続けていた。




