アストレア支部長ディルク
支部長室へ足を踏み入れたレインたちは、一礼して静かに顔を上げた。
室内は広々としているが、無駄な装飾は一切ない。壁にはアストレア魔導公国周辺の地図や依頼資料が整然と並び、棚には魔物図鑑や古い記録書が隙間なく収められている。
執務机の向こうへ腰を下ろす男は五十代半ばほど。鍛え抜かれた体躯に落ち着いた威圧感を纏い、椅子へ座っているだけで部屋全体を支配していた。
アストレア冒険者ギルド支部長、ディルク。
現役時代はSSランク冒険者として名を馳せ、今なお上位超越者の一人に数えられる実力者だった。
ディルクは三人を静かに見渡すと、机の上の紹介状を閉じた。
「遠路ご苦労だった。」
低く落ち着いた声が部屋に響く。
「ヴァルゼインからの手紙で、君たちのことはおおよそ理解している。」
レインは一歩前へ出て頭を下げた。
「お時間をいただき、ありがとうございます。」
「構わん。」
ディルクは紹介状を机へ置いた。
「ヴァルゼインが紹介状を書く相手など滅多におらん。あいつとは長い付き合いだ。人を見る目だけは昔から信用している。」
その言葉に探るような響きはなかった。
冒険者ギルドに必要なのは素性ではない。
依頼を果たせる実力があるか、それだけだった。
「さて。」
ディルクは一枚の依頼書を取り出し、机の上へ滑らせる。
「早速だが、一つ依頼を受けてもらいたい。」
レインは依頼書を手に取り、目を通した。
「素材採取依頼……。」
「ああ。」
ディルクは頷く。
「目的地は魔晶洞窟だ。」
その名に、エレアが僅かに眉を動かした。
「聞いたことがあります。魔法が正常に使えない洞窟ですね。」
「その通りだ。」
ディルクは腕を組み、続ける。
「洞窟の壁や地面には特殊な魔晶石が無数に埋まっている。その影響で内部の魔力は常に乱れ続けている。」
「魔法は発動しなかったり、狙いが逸れたり、威力が大きく落ちたりする。魔導具も例外ではない。」
「魔導国家であるアストレアでも、あそこだけは剣と経験が頼りになる。」
そう言って依頼書の一か所を指差した。
「採取してきてもらいたいのは、《岩殻リザード》の尾腺だ。」
「薬剤や魔導素材として需要が高く、研究所からも定期的に依頼が来ている。」
レインは顔を上げる。
「魔物の危険度は。」
「最高でもCランク。」
ディルクは即答した。
「一匹なら、それほど苦戦する相手ではない。」
そこで僅かに口元を緩める。
「だが、奴らは必ず群れで行動する。五匹、十匹は当たり前。運が悪ければ二十匹近く集まることもある。」
「しかも洞窟は狭い。囲まれれば一気に不利になる。」
部屋が静まり返る。
ディルクは三人を順に見渡した。
「依頼自体はCランクだ。」
「だが、この洞窟を甘く見て戻らなかった冒険者も少なくない。」
「必要な素材だけ確保して戻ればいい。無理に奥まで進む必要はない。」
そう言って椅子へ深く背を預けた。
「――受けてくれるか。」
レインは依頼書を静かに机へ置く。
「依頼、お受けします。」
「助かる。」
ディルクは満足そうに頷いた。
「正式な受注手続きは受付で済ませてくれ。納品先も、その時に説明がある。」
「承知しました。」
三人は席を立ち、一礼する。
「それでは失礼します。」
「ああ。アストレアを楽しんでくれ。」
ディルクは最後に付け加えた。
「それから、魔晶洞窟では魔物より地形を警戒しろ。焦らず進めば、君たちなら問題なくこなせる依頼だ。」
「肝に銘じます。」
三人は支部長室を後にした。
静かな廊下を歩き、受付嬢の案内で再び広いホールへ戻る。
改めて見渡すと、このギルドは王都やライゼンとはどこか雰囲気が違っていた。
依頼掲示板の前には若い男女の姿が多い。
成人したばかりと思われる者だけでなく、制服姿の少年少女まで依頼書を真剣な表情で見比べ、仲間と相談しながら受付へ向かっている。
「学生……でしょうか。」
エレアが小さく呟く。
「ずいぶん多いですね。」
レインも周囲へ視線を巡らせた。
「私も同じ印象です。冒険者というより、学園の生徒に見えます。」
受付へ着くと、レインは依頼書を差し出した。
「こちらの依頼を受けたいのですが。」
受付嬢は依頼書を確認し、笑顔で頷く。
「かしこまりました。魔晶洞窟での素材採取依頼ですね。」
手続きを進めながら、レインは気になっていたことを尋ねた。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「はい、何でしょう。」
「学生らしい方が多く見受けられますが、何か理由があるのでしょうか。」
受付嬢は微笑んだ。
「この街ならではですね。首都アストレアには数多くの魔導学園があり、多くの学園では実地訓練の一環として冒険者ギルドの依頼を利用しています。」
ピリカが目を丸くする。
「授業で依頼を受けるの?」
「はい。教員が同行することもありますし、一部の学園を除いて危険度の高い依頼は禁止されています。」
「薬草採取や素材回収、魔導鉱石の採掘など、授業で必要な素材を学生自身が集めることも珍しくありません。」
「なるほど。」
レインは納得したように頷いた。
「実践を通して学ぶわけですね。」
「その通りです。」
受付嬢は楽しそうに続けた。
「それ以外にも、お小遣い稼ぎを兼ねて登録している学生さんも大勢います。」
「研究には何かとお金が掛かりますから。魔導書を買ったり、実験材料を揃えたり、魔導具を修理したり……思った以上に出費が多いんです。」
周囲を見渡せば、制服姿の学生が依頼書を手に受付へ向かい、その隣では歴戦の冒険者が討伐依頼を選んでいる。
学生と冒険者が同じ場所で依頼を探す。
そんな光景が、この学問と実践の都、アストレア魔導公国ではごく当たり前の日常だった。次




