入学式
入学式当日。
アルディア王立騎士学校の講堂には、新入生たちが集まっていた。
入学試験から三週間。合格通知を受け取った者だけが、この場所へ足を踏み入れることを許される。
講堂を見渡せば、どの顔にも緊張と期待が入り混じっていた。
今日から始まる二年間は、多くの者にとって人生を左右する時間となる。卒業後に待つのは王国騎士団をはじめとする各騎士団への配属、地方軍、あるいは文官として国を支える道。平民であっても実力さえ示せば上へ進める世界だからこそ、誰もが真剣な面持ちでその時を待っていた。
レインもまた、静かに講堂へ入り、空いている席へ腰を下ろす。
しばらくすると、隣へ見覚えのある少年が歩いてきた。
「おっ、本当にいた」
茶髪の少年が人懐っこい笑みを浮かべる。
「ロイだったな」
「覚えてくれてたか。試験の日以来だな」
試験当日、レインの前に並んでいた少年だった。
緊張を紛らわせるためだったのか、あの日はやたらと話しかけてきたのを覚えている。その調子は今日も変わらず、ロイは当然のように隣へ腰を下ろした。
「王都には慣れたか?」
「全然だね。人が多すぎる」
「それは分かる」
王都はレインにとっても初めて訪れる街だった。
地方の都市とは比べものにならないほど広く、多くの人が行き交う。三週間滞在してもなお、その賑わいには慣れたとは言えなかった。
そんな他愛もない会話を交わしているうちに、講堂がゆっくりと静まり返っていく。
教師たちが入場してきたのだ。
その最後に姿を現した一人へ、新入生たちの視線が自然と集まった。
白髪交じりの髪。
年齢を感じさせない真っ直ぐな背筋。
そして、戦場を思わせる鋭い眼光。
老人は落ち着いた足取りで壇上へ歩み、演台の前に立つ。
それだけだった。
ただ歩いただけ。
それだけにもかかわらず、講堂の空気が一変した。
先ほどまであちこちで交わされていた話し声が自然と止み、誰に注意されたわけでもないのに、新入生たちは一斉に姿勢を正す。
威圧されたわけではない。
声を荒らげられたわけでもない。
それでも誰もが本能的に理解していた。
この人物は、ヤバいと。
長い年月を戦場で生き抜き、幾度となく死線を越えてきた者だけが纏う空気だった。
レインは静かにその姿を見つめる。
――強い。
率直な感想だった。
隙がない。
現役を退いて久しいはずだが、それでも普通の騎士とはまるで格が違う。
おそらく、この場にいる教師たちの中で最も強い。
老人は新入生たちをゆっくりと見渡し、静かに口を開いた。
「アルディア王立騎士学校への入学を歓迎する」
決して大きな声ではない。
それでも、その言葉は講堂の隅々まで不思議なほどよく通った。
「二年間、多くを学べ。そして卒業しろ」
それだけ告げると、老人は一礼し、演台から離れる。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、講堂のあちこちから戸惑い混じりのざわめきが漏れた。
「終わりか?」
ロイが思わず呟く。
周囲でも同じような声が聞こえてくる。
レインも少し意外には思ったが、不満はなかった。
長々と続く演説より、よほど好ましい。
「あの人、元騎士団長らしいぞ」
後ろの席から小声が聞こえてきた。
「本当か?」
「第三騎士団総隊長だったって話だ」
なるほど、とレインは心の中で頷く。
先ほど感じた圧倒的な存在感を思えば、納得できる経歴だった。
やがて教師が演台へ進み出る。
「続いて、生徒会長より歓迎の言葉をいただきます」
講堂の空気が少しだけ和らぐ。
一人の青年が壇上へ上がった。
整った顔立ち。
無駄のない所作。
派手さこそないが、不思議と人の視線を惹きつける存在感がある。
堂々とした立ち姿には、人の上に立つ者だけが持つ自然な風格が備わっていた。
「初めまして。生徒会長のエドワード・フォン・グランベルだ」
落ち着いた声が講堂へ響く。
「諸君らの入学を歓迎する。これからの二年間、楽しいこともあれば苦しいこともあるだろう。しかし努力は決して無駄にならない。困ったことがあれば遠慮なく生徒会を頼ってほしい」
簡潔な挨拶だった。
それでも不思議と耳に入り、素直に受け入れられる言葉だった。
侯爵家の嫡男。
現生徒会長。
そして二年Sクラス第五位。
その肩書きに相応しい落ち着きがあった。
歓迎の言葉が終わると、講堂は自然と拍手に包まれる。
「Sクラス第五位か……」
ロイが感心したように呟いた。
「知ってるのか?」
「知らない方が珍しいよ。あの人、有名人だからな」
「そうなのか」
「Sクラスは王国中の天才が集まる場所だ。その中で五位なんて、普通じゃ考えられない」
「なるほど」
レインは軽く相槌を打った。
興味がないわけではない。
だが、今の自分には関係のない世界だと思っていた。
その後も式は滞りなく進み、新入生たちは教師の案内に従って各クラスへ向かう。
「俺たちはBクラスだったな」
廊下を歩きながらロイが言う。
「そうだな」
「少しくらいAクラスを期待してたんだけど」
「まだ始まったばかりだろ」
「違いない」
ロイは気楽に笑った。
校舎へ入ると、案内された教室の扉には『Bクラス』の札が掲げられている。
教室にはすでに何人もの生徒が集まっていた。
緊張した面持ちで席に座る者。
周囲を静かに観察する者。
早くも隣同士で話し始める者。
それぞれが新しい環境へ期待と不安を抱きながら、この場所に集まっている。
レインは静かに教室を見渡した。
この中から将来、騎士団を率いる者が現れるかもしれない。
戦場で名を轟かせる英雄が生まれることもあるだろう。
だが、今のレインにとって重要なのは、ただ一つ。
――目立たないこと。
余計な注目を集めず、平穏な二年間を過ごす。
少なくとも、この時のレインは本気でそう考えていた。




