入学試験
アルディア王立騎士学校の入学試験は、朝早くから始まっていた。
王都の一角に広がる広大な訓練場には、夜明け前にもかかわらず多くの受験生が列を作っている。磨き上げた剣を腰に下げる者。緊張を紛らわせるように何度も手袋を直す者。付き添いの家族に励まされ、気丈に振る舞おうと胸を張る者――。
そこへ集まっているのは、地方騎士団長の息子、名門貴族の子弟、大商会の後継者、そして己の腕一本を頼りに王都までやって来た平民の少年少女たちだった。
同じ十六歳でも、生まれ育った環境も、背負う家名も、託された期待も違う。それでも、この場所へ立つ理由だけは誰もが同じだった。
アルディア王立騎士学校。
王国が直轄する士官養成機関であり、歴代の王国騎士団を支えてきた数多くの騎士や指揮官を送り出してきた名門校である。
近年、大陸全土を揺るがすような大戦こそ起きていない。しかし、国境地帯では小競り合いが絶えず、北方では魔物の被害が続き、東方では大国同士が緊張状態のまま睨み合いを続けていた。
剣を振るうだけの兵なら数を揃えればいい。だが、戦場で兵を率い、民を守り、王国の盾となる騎士は、一朝一夕で育つものではない。
だからこそ王国は毎年、全国から才能ある若者を王都へ集め、未来を担う騎士と指揮官を育て続けている。
卒業生の多くは王国騎士団へ進む。平民であっても実力と武功を積み重ねれば上へ進める数少ない道であり、その可能性こそが、多くの若者をこの場所へ引き寄せる最大の理由だった。
そんな熱気に包まれた訓練場で、レイン・クロードは列の後方に立ち、静かに順番を待っていた。
周囲に知り合いはいない。
声を掛けてくる者もいない。
だが、それでよかった。
むしろ、その方が都合がいい。
二年間を問題なく過ごし、卒業する。
レインにとって必要なのは、それだけだった。
騎士団長を目指しているわけでもない。
名門貴族の子弟と競い合うつもりもない。
目立たず、余計な争いに巻き込まれず、静かに二年間を終える。それが、この学校へ来た目的だった。
師匠から叩き込まれた剣も魔法も、こんな場所で見せびらかすものではない。
力は、本当に必要な時だけ使えばいい。
少なくとも、レインはそう考えていた。
「次、フェリクス・アーヴェン」
試験官の声が訓練場へ響く。
列の一角が小さくざわめき、一人の少年が堂々と歩み出た。
周囲の反応を見る限り、それなりに名の知れた家の出なのだろう。
レインは何となく視線を向けた。
構えは悪くない。
剣筋にも無駄がなく、足運びも年齢を考えれば十分に鍛えられている。
合格はするだろう。
だが、感想はそれだけだった。
騎士学校の入学試験は実技だけで決まるものではない。筆記試験や適性検査もあり、入学後にはさらに厳しい査定が待っている。
入試で上位だった者が半年後には埋もれることもあれば、無名の平民が頭角を現すことも珍しくない。
今日の結果は、長い騎士人生の始まりに過ぎなかった。
試験は滞りなく進み、やがて試験官が次の名を呼ぶ。
「レイン・クロード」
レインは静かに列を離れ、訓練場の中央へ歩み出た。
向かいには短髪の少年が立っている。
肩にはわずかに力が入り、剣を握る手にも緊張が見えた。それでも逃げる気配はない。
真っ直ぐ前だけを見据える瞳には、確かな意志が宿っていた。
「ロイド・バルガスだ」
先に名乗った少年へ、レインは軽く頷く。
「レイン・クロードです」
互いに名を告げた瞬間、試験官が静かに手を上げた。
受験生同士による実技試験。
だが、その内容もまた合否や入学後の評価へ少なからず影響する。
だからこそ、レインは深く踏み込まない。
勝ちすぎても目立つ。
負けすぎても不自然だ。
必要なのは、合格に十分な実力だけを見せること。
目の前のロイドを侮るつもりはない。
だが、自分のすべてを晒す理由もなかった。
――そして三日後。
結果発表の日。
王立騎士学校の広場には、多くの受験生が集まっていた。
試験の日とは違う種類の緊張が辺りを包んでいる。
落ち着きなく掲示板を見つめる者。
自信ありげに仲間と談笑する者。
付き添いの家族と小声で祈る者。
誰もが、これから掲示される一枚の紙へ視線を向けていた。
発表されるのは合否だけではない。
入学を許された者には、この場で最初の所属クラスも告げられる。
王立騎士学校では、入学時点でクラス分けが行われる。
上位から順にS、A、B、C、D。
さらに入学後も定期査定によって順位も所属クラスも変動していく。
その頂点に君臨するのがSクラスだった。
全国から集まった優秀な若者たちの中でも、さらに選び抜かれた者だけが立てる場所。
多くの受験生が憧れ、名門貴族の子弟でさえ目標とする特別な席である。
だが、レインにとっては違った。
Sクラスは目立ちすぎる。
目立てば人が集まり、人が集まれば噂が生まれる。
そして噂は、余計な面倒事を必ず連れてくる。
騎士学校へ入る以上、ある程度の実力を示す必要はある。
しかし、それ以上の評価は望んでいなかった。
レインは広場の喧騒から少しだけ目を離し、澄み渡る王都の空を見上げる。
王都へ来て三日。
今のところ余計な注目は集めていない。
試験も無難に終えた。
あとは適当なクラスへ入り、静かに二年間を過ごす。
それで十分だった。
少なくとも――この時のレインは、本気でそう信じていた。




