ゼルディア・アルヴェシオン2
翌朝。
身支度を整えたレインたちが宿の玄関へ向かうと、帳場で帳簿を眺めていたグラディウスが顔を上げた。
その視線はレイン、エレア、ピリカ、そして大切そうに木箱を抱えたサンロの順に移る。
「……結局、面倒事に巻き込まれたな。」
苦笑混じりの声だった。
レインも肩をすくめる。
「否定はできません。」
「お前さんの場合、面倒事の方から寄って来る。」
グラディウスは小さく笑うと、顎で扉を示した。
「行ってこい。ゼルディアなら、その手の珍品には目がない。」
「ありがとうございます。」
四人は軽く頭を下げ、宿を後にした。
目指すのは、ライゼン三大商人の一人――ゼルディア・アルヴェシオンが率いるアルヴェシオン商会。
中心街へ近づくにつれ、街並みはさらに華やかさを増していく。
やがて、一際目を引く壮麗な建物が姿を現した。
五階建ての白い石造りの建物は周囲の商会を圧倒するほど巨大で、正面には広い馬車寄せまで設けられている。商会というより一つの宮殿と言った方がしっくりくるほどの規模だった。
「……これが。」
サンロは思わず息を呑む。
東方諸国にも大商会は存在する。
しかし、ここまでの規模を誇る商会は見たことがなかった。
四人は正面玄関をくぐり、受付へ向かう。
受付には身なりの整った女性が立っていた。
「ようこそ、アルヴェシオン商会へ。本日はどのようなご用件でしょうか。」
レインは一礼する。
「ゼルディアさんへお会いしたいのですが。」
「ご予約はございますか。」
「ありません。」
受付の女性は一瞬だけ困ったような表情を浮かべたが、続くレインの言葉を聞いた途端、その空気が変わった。
「レインと申します。こちらはエレアです。」
女性は目を見開き、すぐに頭を下げた。
「失礼いたしました。少々お待ちくださいませ。」
慌ただしく奥へ消えていく。
サンロは呆然としてその様子を見つめていた。
予約もなく訪ねたにもかかわらず、名前を告げただけで態度が一変したのである。
数分もしないうちに女性が戻ってきた。
「ゼルディア様がお待ちです。どうぞこちらへ。」
応接室ではない。
そのまま商会最上階へ案内される。
重厚な扉が静かに開かれた。
「お待ちしておりました。」
澄んだ声とともに、長い机の奥から一人の女性が立ち上がる。
ゼルディア・アルヴェシオン。
ライゼン三大商人の一人にして、金融を支配する女傑だった。
その姿を見るなり、柔らかな笑みを浮かべる。
「レインさん、エレアさん。先日は本当にありがとうございました。」
「おかげで、当商会の信頼を守ることができました。」
レインは軽く頭を下げた。
「たまたまです。」
「それでも感謝しています。」
ゼルディアは穏やかに微笑むと、視線をピリカへ向けた。
「あら。」
「ピリカちゃんも来ていたのね。」
「久しぶり。」
ピリカはにこりと笑って手を振る。
「久しぶりー。」
ゼルディアも自然と笑みを返す。
どうやら以前から面識があるらしい。
続いて視線は最後尾のサンロへ移った。
「そちらはサロンさまでは?」
突然名前を呼ばれたサンロは慌てて姿勢を正した。
「ひ、東方諸国より参りました商人、サンロと申します!」
緊張のあまり声まで裏返る。
ゼルディアは優しく頷いた。
「お名前は存じています。」
「今回の世界商談会でも良い商いをされたそうですね。」
「はい……。」
サンロは少し困ったように答えた。
全員が席へ着くと、レインは今回訪れた理由を説明し始める。
世界商談会。
競売。
遺跡から発見された書物と魔法陣。
襲撃を受けたこと。
そして、その品に自分とピリカだけが僅かな見覚えを持っていたことまで、一つずつ話していく。
話が終わる頃には、ゼルディアの瞳は完全に好奇心で輝いていた。
「ぜひ見せていただけますか。」
サンロは木箱を開き、書物と魔法陣を机へ並べる。
ゼルディアは普段の余裕ある笑みを忘れ、静かに書物を開いた。
一ページ。
二ページ。
魔法陣にも視線を移す。
やがて本を閉じると、小さく息を吐いた。
「……面白い。」
その一言だった。
「読めません。」
「ですが、この手の品は大好きです。」
彼女は楽しそうに笑う。
「サンロさん。」
「もし売るお気持ちがおありなら、ぜひ私が買い取らせていただきたいくらいです。」
突然の申し出にサンロは目を丸くする。
「い、いえ……まだ売るつもりは……。」
「それは残念。」
ゼルディアは肩をすくめたが、本気で惜しんでいる様子だった。
そして改めてレインたちを見渡す。
「皆さん。」
「魔法公国――アストレア魔導公国という国をご存じですか。」
部屋の空気が僅かに変わった。




