荷物
数日後。
束の間の休息を楽しんだレインたちは、ピリカを連れてライゼンの街を歩いていた。
今日も大通りは多くの人で賑わい、商人や冒険者、旅人たちが絶え間なく行き交っている。露店から漂う香ばしい匂いに足を止めたり、珍しい魔導具を眺めたりと、ピリカは終始楽しそうだった。
「ライゼンって、歩いてるだけでも飽きないね。」
「まだ全部は見て回れていませんよ。」
エレアが微笑むと、ピリカは嬉しそうに頷く。
「じゃあ、明日も歩こう。」
そんな他愛ない会話を交わしながら裏路地へ入った、その時だった。
「返せ! それは大事な荷物なんだ!」
切羽詰まった叫び声が響き、三人は同時に足を止める。
視線の先では商人風の男が三人組に囲まれ、木箱を奪われそうになっていた。必死に抵抗した男は蹴り飛ばされ、石畳へ倒れ込む。
「邪魔だ。」
男の一人が木箱を抱え上げた瞬間、レインが静かに一歩前へ出た。
「その荷物を置いてください。」
三人組が一斉に振り返る。
「何だ、お前ら。」
答える代わりに、一人が短剣を抜いて飛び込んできた。
速い。
街のごろつきとは思えない踏み込みだった。
レインは半歩だけ身を開いて刃をかわし、手首を払って体勢を崩す。そのまま肩へ軽く掌を当てると、男は勢いのまま石畳へ転がった。
同時に残る二人も動く。
エレアが一人の剣を弾き、ピリカは木箱を抱えた男の懐へ潜り込むと、その腕を払って木箱を奪い返した。
三人は一瞬だけ互いに視線を交わすと、それ以上戦おうとはせず、路地裏の奥へ駆け去っていく。
レインは追わなかった。
逃げる背中を見送り、小さく目を細める。
「……街のごろつきではありませんね。」
「ええ。動きが訓練されています。」
エレアも静かに頷く。
「荷物だけが目的だったようですね。」
ピリカは木箱を抱えたまま首を傾げた。
「追わなくていいの?」
「ええ。」
レインは苦笑する。
「面倒な匂いがします。」
そう言って踵を返した、その瞬間だった。
「ま、待ってください!」
商人が慌てて駆け寄り、勢いよく頭を下げる。
「お願いします! どうか話だけでも聞いてください!」
レインは思わず小さく息を吐いた。
その様子を見たピリカが吹き出す。
「ほらね。面倒事だ。」
「……否定できません。」
レインは苦笑しながら商人へ向き直る。
「近くに酒場があります。立ち話では落ち着きませんし、そこでお話を伺いましょう。」
「ありがとうございます!」
商人は何度も頭を下げ、四人は近くの酒場へ向かった。
昼前の酒場はまだ空席が目立ち、店内は落ち着いた空気に包まれていた。
奥の席へ腰を下ろすと、商人は改めて深く頭を下げる。
「先ほどは本当に助かりました。私は東方諸国から来た商人、サンロと申します。」
「東方からですか。」
エレアが少し驚いたように目を見開く。
サンロは頷きながら、足元の木箱を大事そうに机へ載せた。
「商談を終えた帰りに、オークションでこれを手に入れました。」
留め具を外し、ゆっくり蓋を開ける。
中に収められていたのは、古びた書物と一枚の革紙だった。
レインは静かに書物を手に取り、ページをめくる。
その隣では、ピリカが革紙へ描かれた複雑な魔法陣をじっと見つめていた。
しばらくして、二人はほぼ同時に顔を上げる。
視線が合う。
「何か分かったんですか?」
エレアが尋ねる。
レインは少し考え込んでから首を傾げた。
「断言はできませんが……似た文字を見た記憶があります。」
「私も。」
ピリカが頷く。
「ばあちゃんの家で見たことがある気がする。」
サンロの表情が一気に明るくなる。
「本当ですか!」
「申し訳ありません。」
レインは静かに書物を閉じた。
「それ以上は分かりません。これだけでは判断できません。」
「そうですか……。」
落胆したサンロだったが、すぐに表情を和らげる。
「いえ、それだけでも十分な収穫です。」
レインは小さく頷き、席を立とうとした。
「それでは、私たちは――」
「お待ちください!」
サンロも慌てて立ち上がる。
「どうか、もう少しだけ力を貸してください!」
必死に頭を下げるサンロを見て、ピリカが肩を揺らした。
「結局、面倒事だったね。」
「……そのようです。」
レインは苦笑を浮かべると、改めてサンロへ向き直った。
「まずは事情を聞かせてください。」




