ピリカ冒険者ギルドへ
翌朝。
久しぶりに時間を気にせず朝食を取った三人は、宿を出てライゼンの大通りを歩いていた。
朝の市場にはすでに多くの荷馬車が入り、店先では商人たちが品物を並べている。昨夜は到着が遅かったこともあり、ピリカにとっては今が初めてゆっくり街を見て回る機会だった。行き交う人々の服装も、露店に並ぶ品もベルクハイムとは大きく異なり、自然と視線が忙しく動いている。
「それで、今日はどこ行くの?」
「冒険者ギルドです」
エレアの答えに、ピリカが首を傾げた。
「依頼でも受けるの?」
「その前に、ピリカの冒険者登録を済ませます」
「私の?」
足を止めたピリカに、レインも立ち止まる。
「これからもしばらく一緒に行動することになります。冒険者証は身分証として使えますし、街へ入る時や依頼を受ける時にも便利です」
「なるほどね」
ピリカは少し考えた後、楽しそうに口元を上げた。
「登録するなら、試験もあるんでしょ?」
「あります」
「私が落ちても文句言わないでよ?」
「その心配はしていません」
あまりに迷いのない返事に、ピリカは一瞬だけ目を丸くした。
「ずいぶん信用してくれるじゃん」
「これまでの道中を見ていますから」
「そっか」
満足そうに頷くと、ピリカは再び歩き始める。
「じゃあ、さっさと済ませよう。どんな試験か楽しみになってきた」
その横顔を見ながら、エレアが小さく笑う。
「緊張はしないのですね」
「する理由ある?」
「ありませんね」
そう答えたエレアの声にも、不安はまったく含まれていなかった。
三人がライゼン冒険者ギルドへ着くと、重厚な木製の扉の向こうから人々の声が漏れ聞こえてきた。
中へ入れば、掲示板の前では冒険者たちが依頼書を見比べ、受付では職員が次々と手続きを進めている。酒場の一角には夜通し働いて戻ったらしい者たちの姿もあり、朝からギルド全体が慌ただしく動いていた。
「へぇ……広いんだね」
ピリカは入口近くで足を止め、吹き抜けになった広間を見渡した。
「王都のギルドと比べても、かなり大きい方です」
「冒険者って、もっと適当な集まりかと思ってた」
「あまり大きな声で言わない方がいいですよ」
エレアがやんわりと注意すると、近くを通りかかった屈強な冒険者がピリカをちらりと見る。
「聞こえてた?」
「おそらく」
ピリカは何事もなかったように視線を逸らした。
「まあ、命懸けの仕事だもんね。ちゃんとしてないと困るか」
「理解が早くて助かります」
三人が受付へ向かうと、書類を整理していた若い受付嬢が顔を上げた。レインとエレアに気づくと、驚いたように目を見開き、すぐに表情を明るくする。
「あっ、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
レインが挨拶を返すと、受付嬢は安堵したように息を吐いた。
「お二人とも、しばらく姿を見なかったので心配していたんですよ。長い依頼へ出ていたのですか?」
「少し遠方まで護衛任務に行っていました」
「そうだったのですね。ご無事で何よりです」
詳しい事情を尋ねることなく、受付嬢は仕事の顔へ戻る。
「本日は依頼のご報告でしょうか?」
「いえ、冒険者登録をお願いします」
レインが隣へ視線を向けると、受付嬢もピリカへ目を移した。
「こちらの方ですね」
「ピリカです。よろしく」
気負いなく名乗った少女に、受付嬢は笑顔で一礼する。
「ライゼン冒険者ギルドへようこそ。それでは、登録手続きを始めますね」
受付嬢は用紙を一枚取り出し、ペンを手にした。
「まず、お名前をお願いします」
「ピリカ」
「姓はございますか?」
「ないよ」
「年齢は?」
「十三歳」
受付嬢の手が一瞬だけ止まったものの、すぐに記入を続ける。
冒険者登録に明確な年齢制限はない。とはいえ、十三人歳で自ら登録を希望する者は決して多くなかった。
「ご出身はどちらですか?」
「ベルクハイム」
答えを聞いた受付嬢の目に、かすかな驚きが浮かぶ。
今のライゼンには、ノルガルト侯国で起きた内乱の情報もすでに届いている。だが受付嬢は余計なことを口にせず、そのまま必要事項の確認を進めた。
やがて最後の項目まで書き終えると、用紙を整えて顔を上げる。
「ありがとうございます。登録には簡単な実技試験を受けていただきます。試験官を呼んでまいりますので、こちらで少々――」
「その前に一つ、お願いがあります」
レインが穏やかに声をかける。
「ヴァルケイン副支部長がお時間を取れるようでしたら、来ていただけないでしょうか」
受付嬢は意外そうに瞬きをした。
「副支部長を、ですか?」
「はい」
レインがそれ以上の説明を加えることはなかった。
隣に立つエレアも口を挟まず、静かに受付嬢の返答を待っている。
「分かりました。予定を確認してまいります」
受付嬢は書類を手にすると、奥の執務区画へ続く扉へ向かった。
その背中を見送り、ピリカがレインの袖を軽く引く。
「副支部長って、そんな簡単に呼んでいい人なの?」
「忙しければ断られます」
「そうじゃなくて。知り合いなの?」
「以前、依頼でお世話になりました」
「ふうん」
ピリカはレインを見上げた後、今度はエレアへ視線を移す。
「二人とも、普通の冒険者にしては顔が広くない?」
「少し長く活動しているだけです」
エレアが微笑みながら答える。
「絶対それだけじゃないでしょ」
納得していない様子だったが、ピリカはそれ以上追及しなかった。
やがて奥の扉が開き、一人の男が受付広間へ姿を現した。
年齢は五十代半ば。華美な装飾のない革鎧を身につけ、その立ち姿には現役を退いた者とは思えない隙のなさがある。
ライゼン冒険者ギルド副支部長、ヴァルケイン。
彼が姿を見せると、近くにいた職員たちがわずかに背筋を伸ばした。声を荒らげることも、威圧するような態度を取ることもない。それでも、この場を預かる人物が誰なのかは一目で分かった。
「久しぶりだな」
ヴァルケインはレインとエレアの前まで歩み寄ると、二人を順に見た。
「無事に戻ったようで何よりだ」
「お久しぶりです」
レインとエレアが一礼すると、ヴァルケインは短く頷いた。それから、二人の間に立つピリカへ視線を向ける。
「登録試験を受けるのは、その子か」
「はい」
「ピリカです」
名乗った少女を、ヴァルケインは静かに見つめる。
視線は一瞬だった。
しかし、ピリカの足の置き方から重心の位置、周囲へ向けられた意識まで、その短い間に必要なものをすべて見て取っていた。
「なるほど」
ヴァルケインの口元に、ごく薄い笑みが浮かぶ。
「ちょうど訓練場も空いている。朝の依頼を受けた者たちは、すでに街を出た後だ」
そう告げると、彼は三人に背を向けた。
「私が試験官を務めよう。ついてきなさい」
ピリカは楽しそうに笑い、レインとエレアを振り返る。
「副支部長が相手なんだ。思ってたより本格的じゃん」
「そうだね」
レインはそう答え、先を行くヴァルケインの後に続いた。
その隣で、エレアも静かに歩き出す。
二人の表情には、驚きも不安もない。
試験を受ける本人だけが、これから始まるものを純粋に楽しみにしていた。




