ライゼン自由都市連合再び
ライゼン自由都市連合へ到着したのは、夕暮れが街を茜色に染め始めた頃だった。
街道には荷馬車が絶え間なく行き交い、商人たちの威勢の良い掛け声があちこちから聞こえてくる。世界商談会こそ終わっていたが、商業都市ライゼンの活気は少しも衰えていなかった。
石畳を踏みしめながら、レインは懐かしそうに街並みを見渡す。
「戻ってきましたね。」
「ええ。」
エレアも静かに頷いた。
短い滞在だったはずなのに、不思議と帰ってきたような感覚がある。
その後ろでは、ピリカがきょろきょろと辺りを見回していた。
「へぇ……ここがライゼンか。」
初めて訪れる巨大商業都市に、さすがのピリカも興味を隠せない。
「思ってたより、ずっと賑やかじゃん。」
「世界有数の商業都市ですからね。」
エレアが微笑みながら答える。
「毎日これだけの人と物が行き交いています。」
「なるほどね。」
ピリカは感心したように頷くと、レインの隣へ並んだ。
「ばあちゃんが『しばらくレインについて行きな』なんて言うから、どんな所へ連れて行かれるのかと思ったけど、面白そうな街じゃん。」
「理由は聞かなかったの?」
レインが尋ねると、ピリカは呆れたように肩をすくめる。
「聞いたよ。でも、『そのうち分かる』しか言わないんだもん。」
「結局、それ以上は何も教えてくれなかった。」
その答えにレインとエレアは苦笑する。
イゼルダらしい。
必要以上の説明はせず、あとは流れに任せる。
師匠と似てる。
三人はそのまま東区へ足を向け、見慣れた旧石造りの宿へ辿り着く。
扉を開くと、昼下がりの食堂では常連客たちが酒を酌み交わし、主人グラディウスがいつものようにカウンターの向こうでグラスを磨いていた。
扉の音に顔を上げたグラディウスは、レインとエレアを見るなり口元をわずかに緩める。
「……戻ったか。」
「ただいま戻りました。」
レインが頭を下げると、グラディウスは静かに頷いた。
しかし、その視線はすぐに二人の後ろへ立つ少女へ移る。
「ほう……。」
わずかに目を細めたところで、奥の席から聞き慣れた笑い声が響いた。
「帰ってきたようじゃの。」
ゆっくり立ち上がったガストンは三人へ歩み寄り、レインとエレアへ穏やかな笑みを向ける。
「二人とも無事で何よりじゃ。」
そして最後にピリカを見ると、少し驚いたように眉を上げた。
「おや、ピリカちゃんまで一緒とは驚いたの。」
ピリカは悪びれる様子もなく笑う。
「ばあちゃんに『しばらくレインについて行きな』って言われただけ。」
「あの人らしいの。」
ガストンは思わず苦笑する。
「理由を聞いても教えてくれないし。」
ピリカが頬を膨らませると、グラディウスまで小さく笑みを浮かべた。
イゼルダを知る者なら、その一言だけで十分だった。
ガストンは三人を見渡し、静かに頷く。
「立ち話も何じゃ。まずは座りなさい。」
「無事に帰ってきた報告を、ゆっくり聞かせてもらおうかの。」
席に着くと、ガストンは穏やかな表情で三人を見渡した。
「さて……まずは報告を聞かせてもらおうかの。」
レインは一つ頷き、静かに口を開く。
「第一王女シグリア殿下をはじめ、王族の皆様は無事にノルガルト侯国南部、アルゼンハルト辺境伯のもとへ送り届けました。始めは王都へ行く予定だったのですが、王都が反乱軍により陥落という情報を入手しまして」
ガストンは安心したように息を吐く。
「そうか……。」
「それだけではありません。」
レインは続けた。
「ベルクハイムでお世話になったイゼルダさんが、国王陛下と王妃様方、それに王子を匿っていました。」
「ほう……。」
ガストンの目が細くなる。
「そして、イゼルダさんの指示でピリカと共に皆様をアルゼンハルト辺境伯のもとまで送り届けました。」
ガストンは静かに頷いた。
「なるほどの。」
「イゼルダ殿が動いたとなれば納得じゃ。」
隣ではピリカが肩をすくめる。
「私はばあちゃんに言われた通り付いて行っただけだけどね。」
「それでも十分じゃ。」
ガストンは柔らかく笑った。
「おかげでノルガルト王家は途絶えずに済んだ。」
しばらく茶を口に運んだ後、ガストンは声を少し落とす。
「その後の戦況も、こちらへ入ってきておる。」
「南部の平原で王国軍と反乱軍が全面衝突したそうじゃ。」
レインとエレアは黙って耳を傾ける。
「兵力では反乱軍が優勢と言われておったが、不思議なことにたった三日目で反乱軍が一斉に撤退した。」
「商人たちの情報網で調べさせたところ、どうやら物資が前線へ届かなくなったらしい。」
「食料も武具も補給できなければ、どれほど兵がいても戦は続けられん。」
ガストンはそこで言葉を切る。
「詳しい理由までは分からんが、それが撤退の決め手になったと見られておる。」
レインは表情一つ変えず、小さく頷いた。
「そうですか。」
それ以上、この話題を深く掘り下げることはなかった。
ガストンも商人として知り得た情報を話しただけであり、レインたちもそれ以上を語るつもりはない。
互いに、それぞれ語るべきことと語ってはならないことを理解していた。
報告を終えると、ガストンは穏やかに笑みを浮かべた。
「長旅だったじゃろう。しばらくは何も考えず、ゆっくり休みなさい。」
グラディウスも静かに頷く。
「部屋は空けてある。」
「ありがとうございます。」
レインが頭を下げると、エレアも微笑みながら一礼した。
「やった。」
ピリカは嬉しそうに小さく拳を握る。
こうして三人は、久しぶりに慌ただしさから離れ、ライゼンで束の間の休息を取ることになった。




