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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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187/212

カルドニア王国2


その説明を聞き終えた南方軍総司令官は、ゆっくりと椅子へ背を預けた。


「つまり、貴官は少なくとも二人の敵が動いたと考えているのだな。」


「いえ……。」


 調査をした将軍は静かに首を横へ振る。


「現地の状況だけを見れば、その結論になります。しかし、それで終わりではありません。」


 軍議室の空気が再び張り詰めた。


 軍務大臣もゆっくりと視線を上げる。


「……まだあるのか。」


「ございます。」


 将軍は一枚の書類を取り上げると、机の中央へ静かに置いた。


「これは南方街道で補給部隊を指揮していた隊長の報告です。今回の一連の事案で、唯一生存者が存在した事例になります。」


「補給路か。」


「はい。」


 部屋の空気がさらに重くなる。


 二つの兵站村には、生存者は一人もいなかった。


 だからこそ、この報告だけが敵を直接目撃した者たちの証言だった。


 調査将軍は書類へ視線を落とし、淡々と読み上げる。


「補給部隊は通常どおり商隊へ偽装しておりました。護衛も兵士と悟られぬよう徹底して装い、外見だけであれば一般の商隊と見分けはつきません。」


 そこで一度言葉を区切る。


「ですが、敵は迷いませんでした。」


 将軍たちの視線が集まる。


「護衛として潜ませていた兵だけを正確に排除し、一般の商人には一切手を出しておりません。」


 誰も口を開かない。


「焼かれたのも、軍へ送る兵糧と武具だけです。」


 その場にいた全員が無意識に地図へ目を落とした。


 偶然では説明できない。


 商隊を襲ったのではない。


 カルドニア王国の補給部隊だと最初から知っていたかのように、的確に攻撃している。


 軍務大臣は静かに目を細めた。


「……内通者だけでは説明がつかんな。」


「はい。」


 将軍も頷く。


「仮に内通者がいたとしても、あの場で兵と商人を完全に見分けることは困難です。敵は兵だけを排除し、軍の物資だけを焼き払っております。」


 そして、その場にいた誰もが察していた。


 この報告の核心は、まだ先にあることを。


「さらに、この補給部隊には……上位超越者カマロ殿が同行しておりました。」


 その名が告げられた瞬間、軍議室の空気がわずかに張り詰める。


 カマロ。


 南方軍が擁する上位超越者の一人。


 護衛任務において彼以上の適任者はいないとまで評される実力者であり、この場にいる者でその能力を知らぬ者はいなかった。


 だからこそ、その戦死は二つの兵站村の壊滅とは別の意味を持つ。


 あの補給部隊には、最後の砦がいた。


 その最後の砦すら突破されたのである。


「遺体は、生還した兵たちが回収しております。」


 調査将軍は静かに告げた。


「本人確認も終了しております。」


 軍務大臣は黙ったまま頷く。


 その沈黙だけで十分だった。


 行方不明ではない。


 撤退中に消息を絶ったわけでもない。


 上位超越者カマロは、白い仮面の男との交戦で戦死した。


 その事実は、もはや覆らない。


 しばらく重苦しい静寂が続いたあと、軍務大臣が静かに問いかけた。


「交戦を目撃した者は。」


「十三名、生還しております。」


 調査をした将軍は報告書を開く。


「証言には多少の食い違いがあります。しかし、一点だけは全員が一致しておりました。」


 その言葉に将軍たちの視線が集まる。


「彼らは超越者同士の戦いを理解できたわけではありません。戦闘はあまりにも速く、目で追うことすら困難だったのでしょう。」


 一拍置き、続ける。


「それでも、全員が同じ違和感を口にしております。」


 調査将軍は報告書へ目を落とし、その一文を静かに読み上げた。


「――『カマロ様の攻撃が、一度も意表を突けなかった。』」


 軍議室は静まり返る。


 将軍はゆっくりと報告を続けた。


「兵たちは能力の理屈までは理解しておりません。しかし、カマロ殿が何度姿を消しても、何度攻撃を変えても、白い仮面の男は迷うことなく対応していたと証言しております。」


 証言書を閉じる。


「姿を消したカマロ殿を探す様子もなく、突然現れる剣にも動じない。死角から放たれた魔法でさえ、防ぐべきものとして最初から認識していたように見えた、と。」


 軍務大臣の眉間へ深い皺が刻まれる。


「能力を見切られていた可能性は。」


「私も考えました。」


 将軍は静かに頷く。


「しかし、それだけでは説明がつきません。」


 部屋の空気が重く沈む。


「カマロ殿の能力は、仕組みを知っていても対処できるものではありません。次にどこへ現れ、どこから攻撃するかは、その瞬間の判断で決まります。」


「にもかかわらず、生還した兵たちは皆、同じ表現をしております。」


 調査をした将軍は報告書を閉じると、居並ぶ将軍たち一人ひとりの顔を静かに見渡した。


「『白い仮面の男は、カマロ様を見て動いていたのではない。カマロ様が現れる場所で待っていた。』」


 その一文が、軍議室の空気を一変させた。


 誰も言葉を発しない。


 長年戦場を渡り歩いてきた将たちですら、その証言が意味するものをすぐには受け入れられなかった。


 将軍は静かに続ける。


「交戦の末、カマロ殿は討たれました。」


 重苦しい沈黙が流れた。


「敵は、その場で追撃できる状況にありました。生還した兵たちも戦意を完全に喪失しており、抵抗できる者は一人もいなかったと証言しております。」


 つまり、全滅させることは容易だった。


 その場にいた全員が同じ結論へ至る。


 それにもかかわらず――。


「敵は剣を収め、生還した兵へ向かって、ただ一言だけ告げたそうです。」


 将軍はゆっくりと顔を上げた。


 そして、一語一句違えぬよう静かに告げる。


「――『迎えに行け』」


 誰も声を発しなかった。


 逃げろ、ではない。


 助けろ、でもない。


 迎えに行け。


 その短い一言の意味を、それぞれが胸の内で反芻していた。


 まるで最初から、カマロの亡骸を持ち帰らせることだけが目的だったかのような言葉だった。


 将軍は報告書へ視線を落とす。


「生還した兵たちは、直ちにカマロ殿のもとへ向かったそうです。敵はそれ以上一切攻撃を加えることなく、その場を立ち去ったと証言しております。」


 軍務大臣は組んでいた指へ、無意識に力を込めた。


 全滅させられる状況だった。


 それでも生存者を残した。


 偶然ではない。


 慈悲でもない。


 伝令として帰したのだ。


 カマロという上位超越者が討たれたという事実を、この国へ確実に伝えさせるために。


 軍務大臣は静かに目を閉じる。


 部屋には誰一人として言葉を発する者がいなかった。


 それぞれが机上の地図を見つめながら、同じ結論へ辿り着いていた。


 ノルガルト侯国での内乱は失敗した。


 それだけなら、いずれ立て直すことはできる。


 諜報網を再構築し、新たな策を講じればいい。


 国家同士の争いとは、本来そういうものだった。


 だが、今回失われたのは反乱軍だけではない。


 長い歳月をかけて築き上げた兵站網。


 極秘裏に整備した二つの兵站村。


 そして、南方軍が誇る上位超越者カマロ。


 そのすべてが、わずか一日で消え去った。


 しかも敵が何者なのか、何人いたのか、どこの勢力なのかさえ掴めていない。


 だが、一つだけ分かったことがある。


 兵站村を壊滅させた二人。


 そして、白い仮面。


 少なくとも三人の正体不明の上位超越者が同時に動いた。


 その事実だけは、積み重ねられた報告が示していた。


 敗北よりも恐ろしいのは、敵を理解できないことだった。


 やがて軍務大臣はゆっくりと瞼を開き、居並ぶ将軍たちを静かに見渡す。


「ノルガルト侯国の件は、一旦ここまでとする。」


 誰も異を唱えない。


 もはや戦後処理は外交と政治の仕事だ。


 軍が向き合うべき敵は、別に現れた。


「本日より最優先事項を変更する。」


 その一言に、将軍たちの背筋が自然と伸びる。


「二つの兵站村を壊滅させた二名。そして、白い仮面。」


 軍務大臣の静かな声が軍議室へ響く。


「諜報部、南方軍、国内外の情報網を総動員しろ。どんな些細な情報でも構わん。出自、所属、能力、人脈……すべて探し出せ。」


 一度言葉を切り、地図の南方へ視線を落とす。


「最低でも三人の未確認上位超越者が動いている。」


「これを最優先脅威として扱え。」


 将軍たちは無言で頷いた。


 現地を調査し、生還者の証言を集めた結果が、その結論を否定することを許さなかったからだ。


「もし、この者たちがアルディア王国の人間ならば、我々はアルディア王国への認識そのものを改めねばならん。」


 その言葉に、誰一人反論しなかった。


 仮にアルディア王国が、このような実力者を複数抱えているのだとすれば、西大陸の勢力図そのものが塗り替わる。


 そして、もしアルディア王国ですらないのなら――。


 その脅威は、さらに計り知れない。


 重苦しい沈黙の中、軍議室の扉が静かに開かれる。


 夕暮れを告げる鐘の音が王都へ響き始めた。


 しかし、その音色とは裏腹に、カルドニア王国首脳部は一つの事実を深く胸へ刻んでいた。


 ノルガルト侯国の内乱は終わった。


 だが、カルドニア王国にとって本当の戦いは、この日から始まろうとしていた。

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