婿入り?
勲章を受け取り、一通りの挨拶を終えたレインたちは席を立った。
年老いた執事が再び静かに扉を開く。
国王は三人へ穏やかな笑みを向けた。
「今日は来てくれて感謝する。」
三人が軽く一礼する。
「また、いつでも王城へ来てほしい。」
「歓迎しよう。」
「ありがとうございます。」
エレアが代表して頭を下げ、レインも小さく頷く。
ピリカは満面の笑みで大きく手を振った。
「またねー!」
その声を最後に扉が静かに閉まり、執事に案内された三人の足音は廊下の奥へと消えていった。
部屋には王家の者たちだけが残る。
しばらく誰も口を開かなかった。
先ほどまで語られていたのは、一国の命運を左右する機密ばかりである。
重い沈黙のはずだった。
それでも、不思議と息苦しさはなかった。
国王はゆっくりと椅子へ身を預け、小さく息を吐く。
「……いい青年たちだった。」
その一言に、第一王妃が優しく微笑んだ。
「ええ。本当に。」
「あれほどの功績を挙げながら、一度たりともご自身を誇るようなことはありませんでした。」
ルークも苦笑する。
「最後に頼まれたのは口止めでした。」
「普通なら武功を世へ広めてほしいと願うものです。あそこまで徹底して名を伏せようとする方々は、私も初めて見ました。」
「それが、あやつらの立場なのじゃろう。」
低く口を開いたのはバルドリックだった。
腕を組んだまま窓の外へ視線を向ける。
「超越者を三人討ち取り、一国の兵站を崩壊させ、結果として一国を救ってみせた。それでも己の功績とは思わぬ。」
一度言葉を切る。
「いや……功績と思うことすら許されぬ立場なのかもしれんな。」
国王は静かに頷いた。
「アルカディア王国とは、実に恐ろしい国よ。」
夕日に染まる王都へ視線を向ける。
復興へ励む人々の姿が、小さく見えていた。
「……余の勘に過ぎぬが。」
誰も言葉を挟まない。
「あの三人は、いずれ西側諸国の中心へ立つ。」
静かな一言だった。
しかし、その場の誰も笑わない。
ルークが穏やかに問い返す。
「中心……ですか。」
「ああ。」
国王は苦笑した。
「根拠は何もない。」
「政治でも軍事でもない。」
「ただ、そうなる気がしてならぬのだ。」
バルドリックが小さく笑う。
「王の勘ですかな。」
「そうだ。」
国王も穏やかに笑みを浮かべた。
「余の勘など、当てにならぬことも多い。」
「ですが。」
静かに口を開いたのはシグリアだった。
全員の視線が自然と集まる。
「私も、同じように感じました。」
「ライゼン自由都市連合のガストン様が信頼を寄せ、イゼルダ様までもが王家を託した理由が、今日お会いして少し分かった気がいたします。」
一呼吸置いて続ける。
「力だけではありません。」
「あの方々は、ご自身の力を誇ろうとなさいません。」
「だからこそ、人は自然と惹かれてしまうのでしょう。」
第一王妃は嬉しそうに頷いた。
「シグリアも同じことを感じましたか。」
「はい、お母様。」
国王は満足そうに笑う。
「やはり余だけではなかったか。」
そして、何気ない口調で続けた。
「惜しいものだな。」
「……もしノルガルトにあのような若者がおれば、どれほど心強かったことか。」
少し間を置き、
「それならシグリア。」
「はい。」
「レイン殿を婿に迎えるというのはどうだ。」
部屋の空気が、一瞬で止まった。
「…………え?」
数拍遅れて意味を理解したシグリアの頬が、みるみる赤く染まっていく。
「お、お父様!」
「何を仰っているのですか!」
「そのようなお話を急に……。」
必死に否定しようとするものの、言葉はどこか上擦っていた。
そんな娘を見て、国王は愉快そうに目を細める。
「嫌ではないようだな。」
「ち、違います!」
「そういう意味ではありません!」
「では、どういう意味だ?」
「そ、それは……。」
答えに詰まり、助けを求めるように母たちを見る。
しかし返ってきたのは、期待した助けではなかった。
「あらあらまあまあ。」
第一王妃が口元へ手を添え、嬉しそうに微笑む。
「シグリアも、そういう年頃ですものね。」
「まあまあ。」
第二王妃も目を細める。
「お似合いではありませんか。」
「お、お母様まで!」
顔を真っ赤にするシグリアを見て、エイラが勢いよく立ち上がった。
「だったら私も!」
「私もレインさんのお嫁さんになる!」
「エイラ!」
思わずシグリアが声を上げる。
「旅の途中でいっぱい遊んでもらったもん!」
「お菓子も買ってくれたし、いろんなお話もしてくれたし!」
「すっごく優しかったもん!」
その無邪気な笑顔に、ハルヴェンが吹き出した。
「エイラ、それはお嫁さんとは少し違うと思うぞ。」
「そうなの?」
「そうだ。」
「でも好きだよ?」
「それは十分伝わった。」
「じゃあいいよね!」
「いや、そこは良くないかな。」
兄妹のやり取りに、部屋中へ笑い声が広がる。
恥ずかしさのあまり俯くシグリアの肩を、第一王妃が優しく撫でた。
「ふふっ。こんなに慌てるシグリアを見るのは久しぶりです。」
「本当ですわ。」
第二王妃も穏やかに笑う。
「戦が終わってから、ようやくこんな話ができるようになりましたね。」
その言葉に、誰もが自然と笑みを浮かべた。
少し前まで、この部屋を満たしていたのは張り詰めた空気だけだった。
だが今は違う。
王も王妃も、王子も王女も、肩書きを忘れて笑い合っている。
王城の一室には、戦が始まる前には当たり前だった笑い声が、ようやく戻ってきていた。




