あくまで冒険者として説明
戦後から二週間。
復興へ向けた動きが本格化した王都には、少しずつ活気が戻り始めていた。瓦礫は片付けられ、閉ざされていた店も営業を再開し、人々の表情にもようやく安堵の色が浮かび始めている。
だが、その喧騒とは対照的に、夕暮れの王城裏門は静まり返っていた。
人目を避けるように姿を現したレイン、エレア、ピリカの三人を迎えたのは、一人の老執事だった。
「お待ちしておりました。」
深々と一礼した執事は、それ以上の挨拶を交わすことなく静かに踵を返す。
三人も言葉を交わさず、その後に続いた。
案内されたのは来賓を迎えるための華やかな回廊ではない。
王族と、ごく限られた使用人しか立ち入ることのない静かな通路だった。
磨き上げられた石床へ靴音だけが規則正しく響き、窓から差し込む夕日が長い影を廊下へ落としている。
不思議なほど人影はない。
巡回中の衛兵とすれ違うことはあっても、彼らは三人へ視線を向けることなく敬礼だけを残し、それぞれの持ち場へ戻っていった。
余計な目に触れさせない。
その配慮が、案内される道筋そのものから伝わってくる。
やがて執事は城の奥まった一角で足を止め、重厚な木扉へ静かに手を添えた。
「皆様をお連れいたしました。」
短い言葉とともに扉がゆっくりと開かれる。
室内には、すでに全員が揃っていた。
正面には国王。
その両脇には二人の王妃が座り、少し離れた席にはシグリア、エイラ、ハルヴェン、そして第二王子の姿がある。
壁際には護衛としてルークが控え、その隣ではアルゼンハルト辺境伯バルドリックが腕を組んだまま三人を見つめていた。
「急な呼び出しにもかかわらず、来ていただき感謝する。」
国王が穏やかな口調で口を開く。
その声音に威圧感はない。
だが、この場に集められた顔触れを見れば、この会談が王家にとってどれほど重要な意味を持つのかは説明するまでもなかった。
レインたちが席へ着くと、国王は改めて三人へ視線を向ける。
この部屋にいる誰一人として、三人をただの冒険者だとは考えていない。
ライゼン自由都市連合を代表する商人ガストンが信頼を寄せる者たち。
そして、王家ですら容易には信用しない情報屋イゼルダが、何の迷いもなく王家の命運を託した相手。
それだけで十分だった。
事情があり、その身分を伏せている。
少なくとも、どこかの大国と深い繋がりを持つ者たち。
そこまでは、この場にいる誰もが察していた。
だからこそ、正体を尋ねる者はいない。
知りたいのは名前でも素性でもない。
話せる範囲で構わない。
この戦の裏で何が起きていたのか――その真実だけだった。
国王は静かに姿勢を正す。
「反乱軍が突然撤退した理由は、未だ判明しておらぬ。」
穏やかな眼差しのまま三人を見つめる。
「補給が途絶えたことまでは掴めた。しかし、その原因だけは、どう調べても分からなかった。」
一拍置き、国王は小さく微笑んだ。
「君たちにも守るべきものがあるのだろう。だから、無理にとは言わぬ。」
「話せる範囲だけで構わない。」
その言葉を受け、エレアは静かに目を閉じる。
そして小さく息を吐き、ゆっくりと目を開いた。
「……本来であれば、お話しすることはできません。」
その返答に落胆する者はいない。
最初から予想していた答えだったからだ。
エレアは国王へ視線を向け、静かに続ける。
「ですが、この件はノルガルト侯国そのものに関わる問題です。依頼内容すべてをお話しすることはできませんが、今回の戦に関係する範囲であればお伝えします。あくまでも、冒険者として受けた依頼の範囲ですが。」
「それで十分だ。」
国王は静かに頷いた。
その言葉を受け、エレアは膝の上で重ねていた両手を軽く組み直す。
「レインと私は、とある国から依頼を受けていました。」
国名は伏せられたまま。
それでも誰一人続きを促すことはない。
聞けば、それ以上は答えられなくなる。
それを全員が理解していた。
「依頼内容は、カルドニア王国とノルガルト侯国周辺の情勢調査です。」
その説明に、国王もバルドリックも驚いた様子は見せなかった。
むしろ、これまでの行動に納得したように静かに耳を傾ける。
「調査を続ける中で、不自然な村を二つ発見しました。」
エレアは感情を交えることなく、事実だけを淡々と語り始めた。
「地図にも記載されている村でしたが、農村としては明らかに人の出入りが多く、百名を超える人員が常時滞在していました。周辺では荷馬車の往来も異様なほど頻繁で、数日間にわたって監視を続けた結果、通常の集落ではないと判断しました。」
「……偽装された補給拠点か。」
腕を組んだまま、バルドリックが低く呟く。
「はい。」
エレアは短く頷いた。
「さらに調査を進めた結果、その二つの村はカルドニア王国と反乱軍を結ぶ兵站拠点でした。兵糧や武具、生活物資を一度そこへ集積し、各地の反乱軍へ送り続けていたようです。」
静まり返った部屋へ、その一言一言が重く落ちていく。
国王は肘掛けへ手を置いたまま、静かに目を伏せた。
「……やはり、この内乱は突発的に起きたものではなかったか。」
「はい。」
エレアも静かに頷く。
「少なくとも数年前には準備が始まっていたと考えられます。」
その言葉に、二人の王妃も表情を曇らせた。
カルドニア王国は、一朝一夕で反乱を起こしたわけではない。
長い年月をかけ、ノルガルト侯国の内側へ静かに手を伸ばし、兵站を築き、人と物資を送り込み続けていた。
その執念とも言える準備が、この戦の土台となっていたのだ。
重苦しい沈黙が部屋を包む。
誰もが言葉を失い、それぞれの胸中で現実の重さを噛み締めていた。
その時だった。
「あっ、そうだ!」
場違いなほど弾んだ声が静寂を破る。
全員の視線が一斉にピリカへ集まった。
「報告に行った時ね、すっごかったんだよ!」
嬉しそうに身を乗り出したピリカは、両手を大きく広げながら話し始める。
「魔石をね、こうやってはめたら、遠くの人とお話できたの!」
「遠くの人と……?」
思わず聞き返したのはエイラだった。
「うん!」
ピリカは何度も頷く。
「すっごく遠くだよ! でもちゃんと聞こえるの! 『聞こえる?』『聞こえるよー!』って!」
「そんな魔道具があるのですか?」
今度はハルヴェンが目を輝かせる。
「あるよ! 本当にびっくりしたんだから!」
胸を張って答えるピリカへ、第二王子も興味津々といった様子で口を開いた。
「どれほど離れていても使えるのですか?」
「魔石は大きいの?」
「どうやって魔力を伝えるんだ?」
次々と飛んでくる質問に、ピリカは身振り手振りを交えながら一つひとつ答えていく。
「えっとね、魔石はこれくらいで――」
いつの間にか、先ほどまで部屋を覆っていた重苦しい空気は跡形もなく消えていた。
戦の話をしていたことさえ忘れてしまいそうなほど、和やかな時間が流れる。
その様子を眺めながら、レインは小さく肩をすくめた。
「……予想どおりでしたね。」
「ええ。」
隣のエレアも苦笑する。
「こうなる気はしていました。」
壁際に立つルークも思わず口元を緩める。
国王も穏やかに目を細め、二人の王妃も優しく微笑んでいた。
腕を組んでいたバルドリックでさえ、どこか肩の力を抜いたような表情を浮かべている。
そんな中、ただ一人。
エレアだけは額へそっと手を当て、深いため息をついた。
「……話が逸れてしまいましたね。」
その一言に、部屋のあちこちから小さな笑い声が漏れる。
張り詰めていた空気は完全にほぐれ、誰もが自然と笑みを浮かべていた。
国王は一つ頷くと、改めて三人へ視線を向ける。
「いや、このくらいがちょうど良い。」
穏やかな笑みを浮かべたまま続ける。
「戦が終わって以来、この部屋でこれほど肩の力を抜いて話せたのは初めてだ。」
その言葉に、ピリカは照れくさそうにはにかんだ。
そして部屋には、先ほどまでとは違う、どこか温かな空気が静かに流れていた。




