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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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178/212

裏ノルガルト大戦5


翌朝。


夜明けとともに村の門が開かれ、待ち構えていた荷馬車が次々と中へ入っていった。


荷台に積まれているのは、兵糧や武具、矢束、魔石を収めた木箱ばかりだった。受け入れを担当する兵士たちは荷馬車の周囲へ群がり、運び込まれた物資を各倉庫へ振り分けていく。


「急げ、急げ! 第三倉庫が空になるぞ!」


「昼までに二便出す! もたもたするな!」


怒号と車輪の軋む音が絶え間なく響き、村全体が慌ただしく動いていた。


その喧騒の中、門の外から場違いなほど明るい声が届く。


「こんにちは〜!」


兵士たちが一斉に振り向いた。


門の中央に、小柄な少女が立っていた。


旅人らしい簡素な服をまとい、両手を軽く振りながら人懐こい笑顔を浮かべている。武器らしいものはどこにも見当たらない。


「……何だ?」


「子ども?」


「おいおい、どこから入ってきた。」


見張りをしていた兵士が苦笑しながら歩み寄る。


「嬢ちゃん、ここは遊ぶ場所じゃ――」


「遊びじゃないよ。」


少女は笑顔のまま答えた。


「お仕事。」


「仕事?」


「うん。」


こくりと頷き、村の奥へ並ぶ大きな建物を見回す。


「倉庫を燃やしに来たの。」


一瞬、辺りが静まり返った。


次の瞬間には、兵士たちの笑い声が村中へ広がる。


「はははは!」


「何だ、そりゃ!」


「可愛い冗談じゃないか!」


「危ないから帰んな。ほら、おじさんが外まで送って――」


笑いながら伸ばされた手が、少女の肩へ触れようとした。


――ドォンッ!


腹の底まで響く爆発音が、門前の空気を吹き飛ばした。


兵士の右腕が肘から先ごと弾け飛び、血飛沫とともに門柱へ叩きつけられる。


男は何が起きたのか理解できないまま、失われた自分の腕を見つめた。


「……え?」


間の抜けた声を漏らした直後、遅れて襲ってきた激痛に顔を歪める。


「ぎゃああああぁぁぁッ!」


村中の笑い声が止まった。


木箱を運んでいた兵士が荷を落とし、荷馬車を引いていた馬までが驚いて暴れ始める。


「て、敵だ!」


「武器を持て!」


「侵入者だ! 囲め!」


怒号が飛び交う中でも、少女――ピリカだけは何も変わらなかった。


「あのね。」


のんびりと兵士たちを見回す。


「倉庫って、どっち?」


「ふざけるな!」


兵士の一人が杖を突き出す。


火球が飛び、直後には風刃と雷撃が続いた。


複数の魔法がピリカを正面から飲み込み、轟音とともに石畳が砕ける。爆煙が門一帯へ膨れ上がり、小さな姿を完全に覆い隠した。


「やったか!」


誰かが叫ぶ。


しかし、返事をする者はいなかった。


煙の中から、軽い足音が聞こえてきたからだ。


「だから聞いてるのに。」


ピリカは何事もなかったように煙の中から姿を現した。


服についた土埃を両手で払い、少しだけ困ったように笑っている。傷らしい傷は一つも見当たらない。


その姿を見た兵士たちの顔から、血の気が引いた。


「囲め!」


「魔法が効かないなら斬れ! 一斉にかかれ!」


十数人の兵士が地面を蹴る。


正面から。


左右から。


逃げ道を塞ぐように散開し、身体強化を施した剣士たちが一斉に斬りかかった。


「そんなにいっぱい来るの?」


ピリカが小さく笑った、その瞬間。


――ドォンッ!


先頭を走っていた兵士の右腕が、肩口から弾け飛んだ。


隣の兵士が反射的に振り向く。


直後、その胸が内側から爆ぜ、血煙が後続の兵士たちへ降り注いだ。


さらに別の男の左脚が膝から消え、転倒した兵士へ覆いかぶさるように、後ろを走っていた二人の身体が連続して弾ける。


「な、何だ!」


「何をされた!」


「見えない!」


兵士たちは一斉に足を止めた。


誰一人として、ピリカへ触れられていない。


剣を振るうどころか、一定の距離へ踏み込んだ者から腕や脚を失い、石畳へ倒れていく。


それでもピリカは一歩も動いていなかった。


何かを放った様子もない。


詠唱もなければ、魔法陣すら現れていない。


ただ首を傾げ、困ったように兵士たちを見ているだけだった。


「何をした……。」


「爆発魔法か?」


「違う! 魔力の動きがなかった!」


「だったら、何なんだよ!」


怒鳴り合う兵士たちを眺め、ピリカは頬を掻いた。


「みんな知らないなら、仕方ないかぁ。」


そのまま歩き出す。


散歩でもしているような足取りで兵士たちの間へ入っていくと、本能が危険を告げたのか、誰も近寄ろうとはしなかった。


剣を構えた兵士たちが左右へ下がり、ピリカの進む先に自然と道ができていく。


「倉庫って、大きい建物だよね?」


誰も答えない。


兵士たちは額に汗を浮かべ、互いの顔を窺いながら、誰かが先に動くのを待っていた。


その沈黙に耐え切れなくなったのは、一人の若い兵士だった。


「ふ、ふざけるなぁぁぁッ!」


半ば錯乱したように叫び、剣を振り上げる。


その勢いにつられ、周囲にいた兵士たちも一斉に地面を蹴った。


「殺せ!」


「囲め!」


「逃がすな!」


数十本の剣が朝日を反射し、四方からピリカへ迫る。


ピリカは小さくため息をついた。


「だから、危ないのに。」


――ドゴォンッ!


轟音が村の入口を揺らした。


先頭の兵士が踏み込んだ途端、その上半身が内側から弾け飛ぶ。続いて左右から迫った兵士たちの腕や脚が次々と消え、石畳が一瞬で血煙に覆われた。


それでも勢いを止められなかった何人かが剣を振り下ろす。


だが、届かない。


ピリカまで、あと一歩。


その距離へ入った瞬間、身体のどこかが必ず爆ぜた。


腕を失い、剣を取り落とす者。


脚を失って転がる者。


何が起きたのか理解するより早く、胸元から血を噴き出して倒れる者。


爆発音が立て続けに響き、数十人いた兵士たちは、誰一人としてピリカへ刃を届かせることができなかった。


「化け物だ……。」


誰かが震える声を漏らす。


「こんなの、勝てるわけが……。」


戦意が、音を立てて崩れていく。


一人が後ずさると、周囲の兵士たちも続いた。


「騒ぐな。」


低く響く声が、その場に広がっていた恐怖を押し潰した。


兵士たちが一斉に振り返る。


人垣が左右へ割れ、その奥から黒い外套をまとった男が歩いてきた。


ゆっくりとした足取りだった。


それでも、男が一歩近づくたびに周囲の空気が張り詰め、肌を刺すような魔力が村全体へ広がっていく。


「超越者様!」


「来てくださった!」


「こいつです! こいつが仲間を!」


安堵した兵士たちが口々に訴える。


男は答えず、地面へ散らばる兵士たちの亡骸を一瞥した。


そして、その中心に立つピリカへ視線を向ける。


「……なるほど。」


静かな声だった。


「少々、面倒な相手らしい。」


その言葉を聞いたピリカは、小さく「あっ」と声を漏らした。


何かを思い出したように額へ手を当て、少しだけ申し訳なさそうに笑う。


「あ、ごめんね。」


超越者の眉が動く。


「何がだ。」


「証拠、残しちゃ駄目だった。」


ピリカの表情は変わらない。


声も、先ほどまでと同じ明るさだった。


それなのに、その場にいた兵士たちは、言いようのない寒気を覚えた。


「何を言って――」


――ドォォンッ!


超越者の言葉を遮り、その背後にいた兵士の頭部が弾け飛んだ。


鮮血と肉片が周囲へ降り注ぐ。


誰も反応できないうちに、二人目、三人目と轟音が続いた。


「散れ!」


超越者の怒号を受け、兵士たちが四方へ飛び退く。


だが、逃げても意味はなかった。


走り出した兵士の胸が弾ける。


振り返った兵士の首から上が消える。


助けを求めて口を開いた男が、声を発するより早く地面へ崩れ落ちる。


「何なんだ!」


「どこから攻撃している!」


「魔法陣は!?」


「姿が見えないぞ!」


叫び声だけが村中へ広がる。


爆発は一か所から起きているのではなかった。


門前。


倉庫の脇。


見張り台の下。


村の至る所で轟音が鳴り、一人、また一人と兵士たちが倒れていく。


超越者は歯を食いしばった。


(違う……)


爆発魔法ではない。


魔法ならば、必ず魔力が動く。


術式が組まれ、発動する予兆がある。


だが、ピリカの周囲には何もない。


彼女は笑みを浮かべたまま、そこに立っているだけだった。


見えているものが、現実とは限らない。


そう気づいた瞬間、男は全身へ魔力を巡らせた。


次の刹那、地面が砕ける。


超越者の姿が視界から消え、一息のうちにピリカの懐へ潜り込む。並の戦士では反応することすらできない速度で腕を振り抜き、その細い首を刎ねようとした。


しかし、手応えはなかった。


「……いない。」


ピリカが消えていた。


視界から。


気配から。


魔力の感知からさえも。


男の本能が絶叫する。


後ろだ。


振り向こうとした耳元へ、明るい声が届く。


「見つけた。」


男の心臓が凍りついた。


いつからいた。


どうやって背後へ回った。


それ以前に、自分は本当にピリカへ近づいていたのか。


疑問が次々と浮かぶ。


そして、ようやく一つの可能性へ辿り着いた。


今まで兵士たちは、爆発していたのではない。


爆発したように見せられていただけなのか。


ならば、本当は何が起きていた。


目の前にいた少女は、本当にそこにいたのか。


自分が見ている村は、どこまでが現実なのか。


「貴様は……。」


喉が震える。


「いったい、何――」


最後まで言い切ることはできなかった。


超越者の姿が、音もなく掻き消えた。


血も残らない。


衣服も武器も、その場に男が存在していたという痕跡さえ残らず、最初から何もなかったかのように消失した。


その刹那。


村中で無数の轟音が重なった。


――ドドドドドドドドォォォンッ!


残っていた兵士たちの身体が一斉に弾け飛ぶ。


同時に倉庫の内側から爆炎が噴き上がり、積み上げられていた兵糧や武具を飲み込んだ。


炎は隣の建物へ燃え移り、さらにその隣へ広がっていく。魔石を保管していた木箱が誘爆し、巨大な火柱が朝の空へ立ち上った。


荷馬車が炎に包まれ、武器庫の屋根が吹き飛ぶ。


見張り台が倒壊し、村を囲んでいた木柵まで紅蓮の炎へ沈んでいった。


間もなく、立っている者はいなくなった。


残されたのは、燃え落ちていく建物と、炎に包まれた補給物資だけだった。


ピリカは燃え広がる村を一度だけ振り返る。


兵糧庫も。


武器庫も。


荷馬車も。


もう運び出せるものは何一つ残っていない。


「これで、しばらく運べないね。」


満足そうに頷くと、そのまま森へ向かって歩き始める。


やがて小さな背中は木々の間へ溶け込み、紅蓮の炎だけが、誰もいなくなった補給拠点を焼き続けていた。

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