裏ノルガルト大戦2
宿へ戻った頃には、街はすっかり夜の顔へ変わっていた。
表通りには酒場帰りの商人や旅人の姿が残っているものの、昼間の喧騒はない。北へ向かう荷馬車だけが今も絶え間なく街道を行き交い、その荷台に積まれている兵糧や武具を隠そうとする様子も、もはや見られなかった。
レインは宿の扉を開ける。
「戻りました。」
その声に、部屋で待っていたエレアが顔を上げる。
「お帰りなさい。報告は無事に終わりましたか。」
「はい。予定どおりです。」
それ以上は何も話さない。
ピリカもレインの表情を見るだけで事情を察し、余計なことは聞かなかった。
人の出入りがある宿で、第七騎士団の任務を口にすることはない。
三人は一階へ降り、遅めの夕食を囲む。
料理を運んできた宿の主人と言葉を交わし、この街の様子や商人たちの噂へ耳を傾ける。周囲から見れば、どこにでもいる冒険者三人組だった。
食事を終えると、レインは代金を支払い、静かに席を立つ。
「行きましょう。」
宿を出た三人は、人通りの少ない裏道を選びながら街外れへ向かった。
やがて建物が途切れ、夜風に揺れる木々だけが広がる森へ入ると、エレアが周囲を見回して足を止める。
「この辺りなら問題ありません。」
指先から魔力が流れ、淡い光が三人を包み込んだ。
遮音結界。
外へ音が漏れることも、外の音が届くこともない。
それを確認したレインは懐から地図を取り出し、地面へ広げた。
「本部から正式な指示が届きました。」
二人の視線が地図へ集まる。
「国王軍と反乱軍は、すでに全面衝突寸前です。明日の開戦と同時に、僕たちも作戦を開始します。」
レインは二つの偽装村を順に指した。
「目標は、この二か所の補給拠点です。確認したとおり、それぞれに超越者が一名配置されています。」
エレアも頷く。
「巡回兵ではありません。補給拠点そのものを守るための戦力でしょう。」
「はい。本隊からの命令は補給網の破壊を最優先。ただし、アルディア王国の関与を疑われる痕跡は一切残してはなりません。」
ピリカが腕を組む。
「つまり、誰がやったか分からないように壊せってことだね。」
「そのとおりです。」
レインは続けた。
「僕は北側の補給拠点を担当します。エレアさんは東側をお願いします。同時に仕掛け、互いへ救援を送る時間を与えません。」
「分かりました。」
そこでピリカがレインへ視線を向けた。
「私はどうする?」
レインは少しだけ考え、静かに答える。
「今回の任務はアルディア王国第七騎士団の作戦です。ピリカは第七騎士団の人間ではありません。」
ピリカは肩をすくめて笑った。
「なら私は、兵糧庫や補給物資を燃やして回るよ。」
その一言に、レインとエレアは顔を見合わせる。
「強い人とは戦わない。物資だけ燃やして離脱する。それなら問題ないでしょ?」
レインは静かに頷いた。
ピリカの実力も、その能力も十分に知っている。
補給物資を狙う役目なら、これ以上ない適任だった。
「お願いします。」
「危険だと判断したら無理はしないでください。補給物資より、自分の安全を優先してください。」
「大丈夫。そのくらい分かってる。」
三人は侵入経路、離脱経路、合流地点を最後まで確認し合う。
作戦に迷いはなかった。
遮音結界が解かれると、森は再び静寂を取り戻す。
三人はその場で別れ、それぞれの目標へ向かって歩き出した。
エレアは東側の補給拠点へ。
ピリカは補給路を断つため、森の闇へ溶け込むように姿を消す。
二人を見送ったレインも向きを変えた。
目指す先は、北側の補給拠点。
夜の森を吹き抜ける風だけが木々を揺らす中、レインは静かに歩みを進めた。




