ノルガルト大戦6
翌朝。
夜明けとともに、ノルガルト侯国北部の平原へ再び両軍が姿を現した。
昨日の激戦で大地には無数の傷跡が残り、折れた槍や砕けた盾があちこちへ転がっている。朝靄はすでに消え始めていたが、張り詰めた空気だけは昨日以上だった。
国王派の陣では、兵士たちが黙々と武具を整え、それぞれの持ち場へ向かっていく。昨日の勝利は確かに士気を押し上げた。だが、誰一人として楽観している者はいない。今日を越えられなければ、その勝利に意味はないと理解していたからだ。
一方、反乱軍も静かだった。
敗れたとはいえ、戦力差は依然として自分たちにある。その事実は変わらない。
やがて両軍の法螺貝が平原へ響き渡る。
長く尾を引く音を合図に、兵たちは一斉に前進を開始した。
槍兵、剣兵、騎兵、魔導兵。
昨日と同じように戦場はゆっくりと動き始める。
その中で、中央だけがぽっかりと空いていた。
昨日と同じ場所。
兵士たちは命令されるまでもなく、その場所を避ける。
超越者同士の戦場。
踏み込めば、生きては帰れない。
左右では怒号が上がり始めているというのに、中央だけは異様な静寂に包まれていた。
その静寂を破るように、国王派の陣から一人の男が歩き出る。
ルーク。
無駄のない足取りで中央へ進むその姿に、兵士たちは自然と道を開けた。
ほぼ同時に反乱軍からも一人の男が現れる。
肩へ巨大な大剣を担いだ男。
「名を聞こう。」
「ルーク。」
「ガレブだ。」
互いに名乗ると同時に、二人の姿が消えた。
轟ッ――!!
剣と大剣が激突し、大気が震える。
一撃。
二撃。
三撃。
目にも止まらぬ斬撃が交差する。
ルークの剣は急所だけを正確に狙い、ガレブは巨体に似合わぬ速度で大剣を振るい続ける。
四合、五合と打ち合う中で、ルークは違和感を覚えた。
踏み込んだ瞬間だけ。
剣速が、ほんのわずかに落ちる。
身体が重い。
魔力の流れまで鈍らされたような感覚だった。
その一瞬を狙うように、大剣が押し込まれてくる。
ガギィンッ!
ルークは受け流しながら距離を取った。
「……なるほど。」
静かな呟きだった。
ガレブが笑う。
「もう気付いたか。」
「相手を止める能力じゃない。」
ルークは剣を構え直す。
「自分の周囲の空間へ干渉し、その中へ踏み込んだ相手だけ動きを鈍らせる能力。」
「だから踏み込んだ瞬間だけ剣速が落ちる。」
ガレブの笑みが深くなった。
「一度でそこまで見抜くか。」
「だが、分かったところで避けられん。」
大地を砕きながら突進する。
ルークも迎え撃つ。
しかし間合いへ入った瞬間。
再び剣速が鈍る。
その隙を狙って大剣が唸りを上げた。
轟音。
衝撃で地面が砕ける。
「国王軍の隠し玉は、その程度か。」
ガレブはつまらなそうに笑った。
ルークは静かに剣を下ろす。
「終わりだ。」
そう告げると、一歩踏み込む。
剣が閃いた。
一閃。
二閃。
三閃。
三本の剣圧が一直線にガレブへ襲い掛かる。
「《空間固定》!」
ガレブは能力を発動した。
自らの前方の空間が歪み、剣圧がその中へ入った瞬間、速度を失う。
ガレブはその隙に後方へ跳んだ。
一撃目が肩を裂く。
二撃目が胸を掠める。
三撃目を紙一重でかわす。
「避けた。」
そう思った、その瞬間だった。
「後ろだ。」
背筋が凍る。
ルークはもう目の前にはいなかった。
ガレブが能力で剣圧を受け止める、その一瞬。
その隙より速く背後へ回り込んでいた。
「なっ――!」
咄嗟に再び《空間固定》を発動する。
しかし能力が空間へ作用するより早く、ルークの剣が走った。
鮮血が舞う。
肩口から胸、さらに脇腹まで深々と斬り裂かれ、ガレブの巨体が吹き飛ぶ。
何度も地面を転がり、ようやく片膝をついた。
誰の目にも致命傷だった。
ルークは追撃しない。
静かに剣を下ろす。
「いい能力だ。」
ガレブは血を吐きながら睨み返す。
「……黙れ。」
「だが、お前は本当の強者と戦った経験がない。」
淡々とした声だった。
「能力が強い。」
「だから能力が通じることを前提に戦っている。」
ルークはゆっくりと一歩近づく。
「能力は武器だ。」
「武器に頼る者は強くなれない。」
「能力が破られた時、お前には次の手がなかった。」
ガレブは言葉を失った。
「惜しい。」
ルークは小さく息を吐く。
「これほどの能力なら、磨き方次第で遥かに強くなれた。」
その言葉が、ガレブには何より重く響いた。
「ガレブ様を下げろ!」
反乱軍中央軍から悲鳴にも似た号令が飛ぶ。
兵士たちは傷ついたガレブを守るように後退を始め、中央軍全体も戦線を下げていく。
ルークは追わなかった。
剣を鞘へ収めると右翼へ視線を向ける。
「あとは任せる。」
近くの将へ静かに命じる。
「中央軍は深追いするな。右翼へ援軍を送れ。」
「はっ!」
号令は瞬く間に戦場を駆け巡り、中央軍は一斉に進路を変えて右翼の激戦区へ向かっていった。




