ノルガルト大戦5
一日目の決戦は終わった。
怒号と剣戟が響き渡っていた戦場は、ゆっくりと静けさを取り戻していく。しかし、それは決して安らぎではない。折れた槍、砕けた盾、焼け焦げた大地。そして、二度と立ち上がることのない兵士たちを、仲間が一人ずつ運び出していた。
あちこちから負傷兵のうめき声が聞こえ、衛生兵たちは休む間もなく傷口を縛り続ける。
国王派の陣地では、兵士たちの間から自然と歓声が上がっていた。
「左翼を押し返したぞ!」
「辺境伯閣下が超越者を討ち取られた!」
「あれが元元帥……!」
疲労困憊の兵士たちは互いの肩を叩き合い、生き残ったことを喜び合う。
兵力では反乱軍が勝る。
それでも超越者を一人失わせた事実は、兵数以上の意味を持っていた。
その喧騒から少し離れた場所で、バルドリックは静かに腰を下ろす。
「閣下!」
駆け寄った将軍たちは、その姿を見て息をのんだ。
鎧を脱いだ腕は小刻みに震え、全身から汗が噴き出している。呼吸も荒く、槍へ体重を預けなければ立っていることさえ難しそうだった。
バルドリックは苦笑を浮かべる。
「……久方ぶりの全力じゃ。」
肩で息をしながら、静かに続ける。
「魔力操作を間違えた。少々、魔力を使い過ぎたわ。」
将軍の一人が表情を曇らせる。
「回復は……。」
バルドリックはしばらく空を見上げ、小さく首を横へ振った。
「明日は戻らん。」
短い言葉だった。
「戦えぬことはない。じゃが、この状態で超越者と戦えば負ける。」
周囲の空気が一変する。
今日の戦いを見た者なら誰もが理解していた。
超越者同士の勝敗は、そのまま軍全体の士気へ直結する。
バルドリックが倒れれば、国王派全軍へ与える影響は計り知れない。
誰も軽々しく言葉を返すことはできなかった。
一方その頃。
反乱軍本陣にも重苦しい空気が漂っていた。
討ち取られた超越者の亡骸は丁重に天幕へ運ばれ、多くの兵士が無言でその前へ立ち尽くしている。
「まさか……。」
「本当に討たれたのか……。」
誰も現実を受け入れ切れていなかった。
彼らにとって超越者とは、戦場で敗れる存在ではなかったのである。
やがて将軍の一人が静かに口を開いた。
「一人失った。」
その声に全員が顔を上げる。
「だが、こちらにはまだ二人いる。」
別の将軍も続けた。
「奴も無傷ではあるまい。」
「明日も同じ戦いができるとは限らん。」
その言葉は仲間を励ますためというより、自らへ言い聞かせるものだった。
失ったものは大きい。
それでも決戦は、まだ終わっていない。
その様子を少し離れた場所から見つめていた宰相は、誰にも聞こえぬ声で小さく呟く。
「……予定は狂ったか。」
地図へ静かに視線を落とす。
しかし、その眼差しに迷いはなかった。
「それでも、この戦は終わらせる。」
その一言だけを残し、宰相は再び本陣へ歩みを進めた。
こうして一日目の決戦は幕を閉じる。
だが、それは戦いの終わりではない。
ノルガルト侯国の命運を懸けた戦いは、さらなる激戦となる二日目へ続こうとしていた。




