見える者
「学生のうちから人を見ておけ、と」
アルベルトは静かな口調でそう言った。
「人を?」
「父上の口癖みたいなものだ」
少し照れくさそうに笑う。
「剣が強い、魔法が優れている、座学ができる。そういうものは試験や査定を見れば大体分かる。順位だって毎回出る。表に見える実力だけなら、僕が改めて見る必要はない」
夜風が木々を揺らす。
野営地では、まだ何人かの生徒が荷馬車を元の位置へ戻し、踏み荒らされた地面を均しながら後片付けを続けていた。戦いは終わっても、その余韻だけはまだ残っている。
「父上が見ろと言うのは、その先なんだ」
アルベルトは静かに続けた。
「追い詰められた時にどう動くのか。仲間が崩れそうになった時、手を伸ばせるのか。それとも自分だけ助かろうとするのか。命令を待つ人間なのか、自分で考えて動ける人間なのか」
一度言葉を切る。
「そういうものは、査定表には書かれない」
レインは黙って耳を傾けていた。
「今日の訓練で、それが少し分かった気がする」
アルベルトの視線は野営地へ向けられる。
疲れた身体を引きずりながら、それでも黙々と後片付けを続けるクラスメイトたち。
彼が見ているのは、誰か一人ではなかった。
「ワルは最後まで前を譲らなかった。あれだけ押し込まれても、持ち場を離れようとしなかったのは立派だ」
少し歩きながら続ける。
「ロイは実力以上によく声を出していた。ああいう人間が一人いるだけで、周りの空気は意外と変わる」
「ガレンは終始落ち着いていた。危なくなっても慌てず、自分の役割を崩さなかった」
一人ひとりの名前が自然と挙がる。
その話を聞きながら、レインはようやく違和感の正体に気付いた。
アルベルトは魔物だけを見て戦っていたわけではない。
戦っている仲間たちを見ていたのだ。
誰が踏み止まるのか。
誰が仲間を支えるのか。
誰が混乱し、誰が冷静でいられるのか。
誰が命令を待ち、誰が自分の判断で動くのか。
それを戦闘中ずっと見続けていた。
「大変な役目だな」
思わず漏らすと、アルベルトは肩をすくめた。
「僕も最初はそう思った」
少し笑う。
「でも、人を見るのは案外面白い」
その返事にレインも苦笑した。
目の前の少年は、ただ成績が優秀なだけではない。
伯爵家の跡継ぎとして育ち、父から受けた教えを、自分なりに実践しようとしている。
そんな人間だった。
「その結果、俺も見られていたわけか」
「もちろん」
アルベルトは迷いなく頷く。
「君も、その一人だからね」
「評価は?」
「まだ分からない」
即答だった。
「一度の訓練だけで人は判断できない。父上にも、早く結論を出すなと言われている」
その答えに、レインは少しだけ安心した。
「ただ」
アルベルトは歩みを止める。
「君は目立たないように戦っていた」
レインの表情は変わらない。
「そう見えた?」
「ああ。でも、不思議なんだ」
夜空を見上げ、小さく笑う。
「派手じゃないのに印象だけは残る」
「褒めてる?」
「どうだろう亅
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
しばらく歩いたところで、アルベルトが野営地へ視線を向ける。
「戻ろう。明日は王都だ」
「ようやく学校か」
「森より寝床がいいのは確かだ」
「それは否定できない」
二人は並んで野営地へ帰った。




