総括
「夜間奇襲訓練終了だ」
バルトの低い声が野営地へ響いた。
その一言で張り詰めていた空気が切れた。
皆その場へ座り込み、誰かが大きく息を吐く。剣を握ったまま空を見上げる者もいた。魔物の群れは消えた。夜の森には再び虫の声が戻り始めている。
だが生徒達の表情に安堵はあっても、余裕はなかった。
先ほどまで確かに戦っていたのだ。
訓練だと分かった今でも、腕に残る痺れも、剣を振り続けた疲労も消えてはいない。
バルトはそんな生徒達をしばらく眺めていた。
「全員集まれ」
生徒達は重い足を引きずりながら集合する。
周囲には防衛線として組んでいた荷馬車が並び、地面には無数の足跡が刻まれていた。戦いの痕跡だけが夜の闇の中に残っている。
全員が集まったことを確認すると、バルトはゆっくりと口を開いた。
「まず結果から言う」
自然と全員の視線が集まる。
「よく耐えた」
その言葉に何人かがほっとした顔を見せる。
バルトは冷静に続けた。
「だが実戦なら三回は全滅している」
その一言で空気が変わった。
バルトは防衛線だった場所を指差す。
中央付近。
ワル達が守っていた辺りだった。
「最初の突撃で押し込まれた」
次は左翼。
「ここは連携不足だ。横を見られていない」
さらに右翼。
「魔法組の支援が遅れた」
バルトは一つ一つ説明していく。
ただ怒鳴るだけではなくぜなぜ危険だったのか、なぜ崩れかけたのか、どうすれば防げたのか。それを順番に話していく。
生徒達も真剣に聞いていた。
自分達も気付いていたからだ。防衛線は何とか守れた、だが余裕など一度もなかった。
「訓練場の試合と実戦は違う」
バルトは言う。
「目の前の敵だけ見ていればいい戦場など存在しない。横を見ろ。後ろを見ろ。仲間を見ろ」
その言葉に多くの生徒が黙って頷いた。
実際に今日の戦いで何度も感じ体験したことだった。
一体を相手にしている間に別の魔物が現れる、隣が押されれば自分も危険になる。
一人では守れない。
だから防衛線は確かな連携が必要なのだ。
「アルベルト」
「はい」
アルベルトが前へ出る。
「指揮は悪くなかった」
その言葉に周囲の生徒達も納得したように頷いた。
今日の戦いで最も声を出していたのはアルベルトだった。
「中央だけでなく左右もよく見ていた。魔法組との連携も取れていた」
そこまでは評価だった。
「だが判断が遅れた場面もある」
アルベルトの表情が引き締まる。
「……はい」
「次は迷うな」
「了解しました」
バルトの目が一瞬だけレインを捉える。
「それと、崩れかけた場所へたびたび入った者がいた」
レインは表情を変えなかった。
「防衛線は強い者だけでは維持できん」
バルトは静かに言う。
「穴を埋める者がいるから耐えられる」
それだけだった。
だがアルベルトは理解した。
あの言葉が誰へ向けられたものなのか。
レインも理解していた。
しかし何も言わない。
バルトは最後に全員を見回した。
「今日の訓練は魔物を倒すためのものではない、戦場では一人で敵を数十体倒すより、十人が一歩も退かない方が価値を持つ時がある」
その言葉は重かった。バルト自身が騎士団で経験してきたのだろう。
「解散だ。今日はよくやった」
緊張が解ける。
生徒達はそれぞれの持ち場へ戻り始めた。
怪我人の確認。回復魔法が得意な者が走り回ってる
。
見張りの交代に魔物の死体処理。
訓練は終わったが、夜はまだ続いている。
レインも手伝いを終えた後、一人で少し離れた場所へ歩いた。
森の外れ。
焚き火の明かりが届かない場所だった。
夜風が心地いいなようやく静かになったそう思った時だった。
「ここにいたか」
聞き覚えのある声がした。
アルベルトだった。
二人の間に少しだけ沈黙が落ちる。
やがてアルベルトは隣へ並んだ。
「今日は助かった」
レインは肩をすくめる。
「何の話?」
「何度も防衛線を支えていただろう」
「偶然だね」
「偶然が何度も続くか?」
レインは少し困ったような顔をする。
「たまたま危なそうだったから動いただけ」
「そういうことにしておく」
アルベルトは深追いしなかった。
しばらく沈黙が続く。やがてアルベルトが口を開く。
「なぜ実力を隠すんだい?」
レインは内心でため息をついた。
やはり来たか。
「面倒だから」
「それだけなの?」
「それだけ」
レインは空を見上げる。
「平民が目立っても良いことないだろ、貴族に絡まれるしトラブルの元だ。今くらいが楽なんだよ」
半分は本音だった。半分は嘘だった。
アルベルトは黙って聞いている。
「俺は普通に卒業したいだけ」
レインはそう言って笑った。
だがアルベルトは首を振る。
「無理だな」
即答だった。
「ひどいな」
「今日見て確信した」
アルベルトは森の闇を見る。
「最近、他国の情勢がきな臭い。伯爵家にもそんな情報が来ている」
「国境の小競り合い」
「隣国の軍備拡張」
「大規模魔法の研究開発」
風に乗り焚き火の匂いが微かに流れてきた。
「アルディア王国も動いている」
アルベルトは続ける。
「騎士団の再編も始まるだろう。だから父上から言われた」
レインは横を見る。
アルベルトは静かに答えた。
「学生のうちから人材を見極めろ、と」




