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英雄なのか?  作者: よろず
アルディア騎士学校
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16/212

総括


「夜間奇襲訓練終了だ」


バルトの低い声が野営地へ響いた。


その一言を境に、張り詰めていた空気が一気にほどける。


その場へ座り込む者。 剣を地面へ突き立て、大きく息を吐く者。


先ほどまで魔物が押し寄せていた場所には、討ち取られた魔物だけが転がり、夜の森には少しずつ虫の声が戻り始めていた。


訓練は終わった。


それでも、生徒たちの身体はまだ戦場の中にあった。


腕は重く、足は震え、剣を握る手には痺れが残っている。


牙を突き立てようと飛び掛かってきた魔物。


押し寄せる群れ。


防衛線が崩れかけた瞬間の焦り。


どれも鮮明に身体へ刻み込まれていた。


バルトはそんな生徒たちを黙って見渡す。


すぐには口を開かない。


全員の呼吸が落ち着くまで待ってから、静かに言った。


「全員集まれ」


生徒たちは疲れた身体を引きずるように輪を作る。


荷馬車は防壁代わりに並んだまま。


踏み荒らされた地面だけが、先ほどまでの激戦を物語っていた。


全員が揃うと、バルトは腕を組む。


「まず結果から言う」


自然と全員の背筋が伸びる。


「よく耐えた」


短い一言だった。


だが、その言葉だけで何人もの肩から力が抜けた。


しかし次の瞬間、その空気は引き締められる。


「実戦なら、お前たちは何度も死んでいる」


誰も反論しない。


できなかった。


全員が思い当たる節を持っていたからだ。


バルトは中央を指差す。


「最初の突撃。押し込まれた時、お前たちは目の前しか見えていなかった」


今度は左翼へ。


「ここはもっと酷い。隣が崩れ始めているのに、誰一人として気付いていない」


右翼を見る。


「魔法組も同じだ。前衛が危険になってから動くな。危険になる前に動け」


静かな口調だった。


だからこそ一言一言が胸へ刺さる。


「戦場では、自分一人が強くても意味はない」


誰も顔を上げない。


「隣が倒れれば、お前も倒れる」


間を置き、さらに続ける。


「後ろが崩れれば、前衛は全滅だ」


それは経験から出た言葉だった。


机の上で学んだ戦術ではない。


実際に何度も戦場を生き抜いてきた人間だけが持つ重みがあった。


「だから周囲を見ろ。仲間を見ろ。戦場全体を見ろ」


誰も返事をしない。


その必要もなかった。


今日一日で、全員が痛いほど理解したからだ。


バルトはアルベルトへ視線を向ける。


「アルベルト」


「はい」


「指揮は悪くなかった」


周囲の生徒も自然とうなずく。


今日、防衛線が最後まで形を保てたのは、アルベルトの指示があったからだ。


「状況も見えていた。魔法組との連携も考えていた」


一拍置く。


「だが、迷った」


アルベルトが真っすぐ頷く。


「……はい」


「戦場では、その一瞬の迷いで人が死ぬ」


「肝に銘じます」


短いやり取りだった。


だがアルベルトは、その言葉を誰より重く受け止めていた。


バルトは最後に全員を見回す。


「それと、今日の防衛線には何度も穴が開きかけた」


自然と何人かが息を呑む。


「だが、その穴を埋め続けた者がいた」


レインは表情を変えない。


「戦場では敵を何体倒したかより、防衛線を守った者の方が価値を持つこともある」


それだけ言うと、バルトは誰の名も呼ばなかった。


しかしアルベルトだけは理解していた。


何度も崩れかけた戦列を繋いでいたのが誰だったのか。


レインもまた、その視線に気付いていた。


だから二人とも何も言わない。


「解散」


号令と同時に張り詰めていた空気が緩む。


負傷者の手当てが始まり、回復魔法を扱える生徒たちが走り回る。


魔物の死体を片付け、荷馬車を元へ戻し、ようやく野営地は普段の姿を取り戻し始めた。


レインも後片付けを終えると、人の少ない森の外れまで歩く。


夜風が汗ばんだ身体を心地よく冷ましてくれる。


焚き火の音も届かない静かな場所だった。


「ここにいたか」


振り返る。


アルベルトだった。


二人は並んで立つ。


しばらくは何も話さない。


森を抜ける風だけが静かに流れていく。


やがてアルベルトが口を開いた。


「今日は助かった」


「何のこと?」


「何度も防衛線を支えていただろう」


レインは肩をすくめる。


「近かったから動いただけだよ」


「近かった、か」


アルベルトは小さく笑う。


「その"近かった"が何度も続いた」


追及するつもりはない。


だが、偶然だけでは説明がつかないことも理解していた。


少しの沈黙。


やがてアルベルトは夜空を見上げる。


「俺は卒業したら騎士団へ入る」


その声には迷いがなかった。


「伯爵家だからじゃない。俺自身がそう決めている」


レインは黙って耳を傾ける。


「王国も、いつまでも平和じゃない気がする」


その一言だけだった。


多くは語らない。


それでも十分だった。


貴族として育ったアルベルトは、普通の生徒より早く時代の空気を感じ取っている。


「だから、もっと強くならないとな」


そう呟いた横顔は、今日の訓練で指揮を執っていた優等生ではない。


王国を支える騎士を目指す、一人の若者の表情だった。

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