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英雄なのか?  作者: よろず
アルディア騎士学校
15/38

司令官


魔物の群れが防衛線へ激突した瞬間、野営地の空気が一変した。

ワルは真正面から飛び掛かってきた魔物を剣で受け止め、奥歯を噛み締める。低級魔物とはいえ、走り込んできた獣の体重は軽くない。剣越しに伝わる衝撃で腕が痺れ、足元の土がわずかに削れた。それでも下がらなかった。ここで自分が一歩退けば、そこに穴が空く。穴が空けば後ろの魔法組まで一気に食い破られる。その想像が、ワルの足を地面へ縫い止めた。

「押されるな! 前衛は横の間隔を崩すな!」

アルベルトの声が夜の野営地に響いた。彼はただ叫んでいるだけではなかった。防衛線の中央、右翼、左翼へ視線を走らせ、どこに魔物の圧力が集中しているのかを見ている。前衛の誰が耐えられていて、誰が限界に近いのか。魔法組の詠唱が間に合っているか。荷馬車の前に作った防衛線が、まだ壁として機能しているか。その全てを見ながら指示を出していた。

。前徒達は剣を振るっているが、倒すよりも耐えることで精一杯だった。訓練場の一対一とは違う。目の前の一体に集中しすぎれば、横から別の魔物が飛び込んでくる。一人だけでは支えきれない戦いだった。

レインも前線に並んでいた。

普段ならもう少し目立たない位置に下がっていただろう。だが今は違う。Bクラス全体が一つの防衛線として戦っている以上、自分だけ妙な位置にいれば逆に目立つ。だから周囲に合わせて剣を構え、同じように魔物を迎え撃つ。ただし、見ている場所だけは違っていた。

レインは目の前の魔物だけを見ていなかった。防衛線全体を見ていた。どこに圧力が集まり、どこが薄くなり、どの生徒が次の瞬間に押し込まれるかを見ていた。魔物の群れは本能で弱い場所へ流れ込も。、

左翼の一角で、前衛の生徒が魔物の体当たりを受けて体勢を崩した。

悲鳴が上がるより早く、レインはそこへ入っていた。真正面から斬り伏せるのではなく、横から剣を滑らせる。魔物の首筋を浅く、だが確実に裂いた。倒すには十分な一撃だった。魔物が崩れた隙に、押されていた生徒が息を整え、別の生徒が一歩前へ出る。防衛線は閉じた。

レインはそこに留まらない。

今度は中央だった。ワルが二体を相手にしている。力任せに押し返しているが、横へ回り込もうとする一体に気付くのがわずかに遅れていた。レインはその魔物の進路へ自然に立ち、剣の腹で爪を逸らすと、そのまま足を払うように刃を走らせた。魔物が崩れ、ワルがそちらへ視線を向ける。

「助かった!」

ワルが短く叫ぶ。

レインは答えず、もう次を見ていた。

その動きを、アルベルトは見逃さなかった。崩れそうな場所へ、なぜかレインがいる。偶然ではない。少なくとも、今の動きは偶然で片づけられるものではなかった。だが考える暇はない。戦況はまだ動いている。アルベルトはその疑問を胸の奥へ押し込み、次の指示を飛ばした。

「魔法組、中央へ集中! 前衛は半歩だけ下がれ、撃ち込む隙間を作れ!」

その命令に、前衛が一斉に半歩下がった。大きく下がれば魔物に押し込まれる。だが半歩なら、防衛線を保ったまま魔法の射線を作れる。後方で詠唱を終えた生徒達が歯を食いしばり、次々と魔法を放った。火球が魔物の群れの中央で爆ぜ、光弾が先頭を撃ち抜き、風が横へ広がっていた魔物の脚を薙ぐ。

その一斉射撃で、初めて群れの勢いが鈍った。

「今だ! 前へ!」

アルベルトが叫ぶ。

その声を待っていたかのように、ワルが踏み込んだ。ガレンも続く。他の前衛達も、恐怖を押し殺して一歩前へ出る。ただの一歩だった。だが、その一歩で戦場の空気が変わった。押され続けていた防衛線が、初めて魔物の群れを押し返したのだ。

レインも周囲に合わせて前へ出た。目立ちすぎない速度で。左隣の生徒が剣を振るうタイミングに合わせ、右から来る魔物を抑える。ガレンが受け止めた魔物の逃げ道を塞ぎ、魔法組が狙いやすい位置へ押し込む。自分が倒すのではなく、周囲が倒しやすい形を作る。レインの動きはそういうものだった。

アルベルトの指揮もまた、そこからさらに鋭くなった。

「右翼、焦るな! 追う必要はない!」

「中央はそのまま押せ!」

「魔法組は撃ち切るな、次に備えろ!」

声が飛ぶたびに、生徒達の動きが整っていく。最初は恐怖でばらばらだったBクラスが、一つの部隊のように形を持ち始めていた。もちろん未熟だ。足並みは揃わない。詠唱を遅らせる者もいる。剣を振りすぎて息を切らす者もいる。それでも、誰も持ち場を捨てなかった。

やがて魔物の数が目に見えて減り始めた。

最初のように押し寄せる圧力はもうない。残った魔物達はなおも牙を剥いてくるが、群れとしての勢いは崩れていた。アルベルトはそれを見て、最後の判断を下す。

「全員、ここで終わらせる! 前衛は押し込み、魔法組は後方から仕留めろ!」

Bクラスが一斉に動いた。

ワルが吼えながら前へ出る。ガレンが横を固める。エリオットは後方から空いた穴を見つけ、負傷しかけた生徒を下がらせながら次の者を前へ送る。魔法組の放った光が夜の森を照らし、前衛の剣がその光の中で振るわれる。恐怖はまだある。疲労も限界に近い。それでも、戦っているという実感が生徒達の背中を押していた。

最後の一体が飛び掛かってきた。

アルベルトが正面から迎える。剣を振り上げる魔物より早く踏み込み、斬撃を叩き込む。魔物の身体が崩れ動かなくない。

静寂が戻った。

いや、完全な静寂ではない。荒い息遣いがある。剣を握る手の震えがある。誰かが膝をつく音がある。だが、魔物の咆哮はもう聞こえなかった。

Bクラスの防衛線は最後まで崩れなかった。

アルベルトは剣を下ろし、ゆっくりと周囲を見回した。倒れている者はいない。怪我をした者はいるが、誰も持ち場を捨てなかった。未熟で、危うくて、何度も崩れかけた。それでも全員が役割を果たしたから、今こうして立っている。

レインも剣を収めながら、同じように周囲を見ていた。

アルベルトの指揮は見事だった。状況を見る目があり、人を動かす判断も早い。Bクラス一位という順位は、剣や魔法だけで得たものではないのだろう。

そしてアルベルトもまた、レインを見ていた。

何度も崩れかけた場所に現れ、必要な分だけ支え、何事もなかったように次に行く。派手な剣技ではない。目立つ魔法でもない。だが、あの動きがなければ防衛線は破れていたかもしれない。

二人の視線が一瞬だけ交わる。相手がただの同級生ではないことだけは理解していた。

突然森の奥からバルド達教官が姿を現した。

「終了だ」

低い声が野営地へ落ちる。

そこでようやく生徒達は理解した。

これは訓練だったのだと。

だが、膝に残る震えも、剣を握った手の痛みも、仲間と防衛線を守り抜いた感覚も、決して幻ではなかった。

Bクラスの夜間防衛戦は、こうして終わった。


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