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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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166/212

決戦前夜


夕暮れが迫る頃、ノルガルト侯国中央部に広がる大平原へ、二つの軍勢がゆっくりと姿を現した。


どこまでも続く草原。


左右には深い森が壁のように連なり、その中央だけが大きく口を開けている。古くから街道が通るこの地は、幾度となく軍勢が行き交った場所だった。しかし、これほどの兵が一度に集うのは、建国以来でも数えるほどしかない。


南から現れたのは、ゼルヴァード国王率いる王家派。


北から進むのは、宰相率いる反乱軍。


先頭の騎兵が足を止めると、それに続くように無数の兵が動きを止めた。


草原を吹き抜ける風だけが、静かに両軍の間を渡っていく。


やがて丘の向こうに無数の軍旗が姿を現した。


「あれが……。」


若い兵士が思わず息を呑む。


夕日に照らされた反乱軍の軍旗が、地平線を埋め尽くしていた。


その光景は、まるで黒い大波が押し寄せてくるようだった。


隣に立つ古参兵が小さく笑う。


「初陣か。」


「……はい。」


「安心しろ。」


古参兵は敵陣から目を離さないまま言った。


「向こうにも、お前さんと同じように震えとる若い兵がおる。」


若い兵士は敵陣を見つめ直した。


確かに、こちらから見えるということは、向こうからもこちらが見えている。


自分たちが敵を見ているように、敵もまたこちらを見ているのだ。


やがて号令が平原へ響き渡る。


「停止!」


「野営準備!」


張り詰めていた空気が、一斉に動き始めた。


荷馬車が整然と並び、兵士たちは慣れた手付きで天幕を張る。


炊事班は手早く火を起こし、兵站部隊は兵糧を配り、馬番たちは鎧を外しながら愛馬へ水を与えていく。


数万の兵が動いているにもかかわらず、怒号はほとんど聞こえない。


誰もが理解していた。


明日、この平原で生き残る者と倒れる者が決まる。


だからこそ、無駄口を叩く者はいなかった。


王家派本陣では、ゼルヴァード国王が地図を静かに見つめていた。


周囲にはバルドリックをはじめ、南部諸侯や各領の将軍たちが揃っている。


昼まで続いた軍議も終わり、今は最終確認だけが行われていた。


「兵の到着は。」


「予定通りです。」


「補給も問題ありません。」


「各隊の士気も高く、動揺は見られません。」


一つ一つの報告へ、ゼルヴァードは静かに頷く。


やがてバルドリックが口を開いた。


「陛下。」


「どうした、バルドリック。」


「少し外をご覧ください。」


二人は並んで天幕の外へ出た。


夕日は森の向こうへ沈みかけ、広大な平原を赤く染め上げている。


遠くでは、反乱軍も同じように野営を始めていた。


ゼルヴァードは苦笑する。


「近いな。」


「ええ。」


「歩けば数時間とかからぬ距離か。」


「その通りです。」


夜襲。


奇襲。


その考えが両軍にないはずがない。


だが、互いに歴戦の将が指揮を執っている。


動けば察知される。


だからこそ、今夜だけは静寂が支配していた。


「静かなものだ。」


ゼルヴァードが呟く。


バルドリックは敵陣を見据えたまま答えた。


「嵐の前ほど静かなものです。」


ゼルヴァードは静かに笑う。


しばらく二人は無言のまま敵陣を見つめていた。


どちらの陣営にも数万の兵がいる。


守るべき家族があり、帰るべき故郷がある。


それでも夜が明ければ、互いに剣を交える。


「皮肉なものだ。」


ゼルヴァードが小さく呟く。


「昨日まで同じ侯国の民だった者たちが、明日は命を奪い合う。」


「それが内乱です。」


バルドリックは静かに答えた。


「勝っても侯国は傷付きます。」


「ああ。」


ゼルヴァードはゆっくり頷く。


「だが、ここで終わらせねば、更に多くの民が苦しむ。」


大きく息を吐き、真っ直ぐ敵陣を見据えた。


「ならば迷わぬ。」


「明日、この戦を終わらせる。」


バルドリックは深く頭を下げた。


「御意。」


◇ ◇ ◇


その頃、平原の反対側では反乱軍本陣にも無数の篝火が灯り始めていた。


闇の中へ一直線に並ぶ炎は、まるで大地にもう一つの星空が生まれたようだった。


宰相は天幕の外へ出ると、遥か彼方に揺れる王家派の灯を静かに見つめる。


「明日ですな。」


将軍の一人が隣へ並ぶ。


「ああ。」


宰相は短く頷いた。


「長かった。」


数年。


いや、それ以上。


この日のためだけに準備を積み重ねてきた。


その背後では、反乱軍へ加わった三人の超越者が、それぞれ無言で武具の手入れを続けていた。


一人は静かに剣を研ぎ澄まし。


一人は目を閉じて魔力を整え。


もう一人は焚き火の炎を見つめたまま、一言も口を開かない。


昼間のような余裕や笑みは、すでに誰の表情にもなかった。


彼らもまた、この一戦が自らの運命を左右することを理解していたのである。


平原を渡る夜風が、両軍の篝火を静かに揺らす。


同じ夜。


同じ空。


同じ月。


しかし夜が明ければ、その静寂は数万の兵が響かせる雄叫びへ変わる。


建国以来最大の内乱は、ついに最後の夜を迎えようとしていた。

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