監視
反乱軍と王派が全軍を集結させ始めた頃――。
カルドニア王国とノルガルト侯国の国境地帯では、レイン、エレア、そしてピリカの三人も静かに任務を続けていた。
第七騎士団から与えられた命令は明確である。
カルドニア王国から反乱軍へ流れる兵糧、武器、軍資金、人員。その補給網を把握し、支援体制の全貌を明らかにすること。
焦って敵を襲う必要はない。
今求められているのは戦果ではなく、情報だった。
三人は冒険者として自然に振る舞いながら国境沿いの街を転々とする。
昼は街道を行き交う商隊を眺め、市場や宿場町で人の流れを観察する。夜になれば宿へ戻り、その日得た情報を地図へ落とし込む。
地味で根気の要る任務だった。
それでも三人に焦りはない。
敵の全貌を掴まぬまま一つの補給路を潰しても、新たな経路へ切り替えられるだけだ。まずは敵がどれほど大きな網を張り巡らせているのか、それを知る必要があった。
数日が過ぎた頃だった。
宿の一室で地図を広げていたピリカが、不意に口を開く。
「普通の商隊も多いけどさ。」
レインが顔を上げる。
「何か気になった?」
「うん。」
ピリカは頷いた。
「普通じゃない商隊もいる。」
エレアが手帳を閉じる。
「どう違うのですか?」
「護衛。」
即答だった。
「商人を守ってる護衛じゃないんだよ。」
レインは興味深そうに続きを促す。
「詳しく。」
「荷物を見てない。」
ピリカは地図の一点を指差した。
「周りばっかり見てる。」
「歩き方も違うし、商人を守ってるっていうより、何かを隠して運んでる感じ。」
エレアが眉を寄せる。
「場所は覚えていますか?」
「もちろん。」
ピリカは地図へ次々と印を付けていく。
「三日前にも見た。」
「昨日も。」
「今日も。」
レインが静かに尋ねる。
「同じ商隊?」
「違う。」
「旗も荷馬車も違う。」
「でも護衛だけは同じ。」
部屋が静まり返った。
レインは地図を見つめながら考え込む。
「偽装か。」
「たぶん。」
ピリカは肩をすくめた。
「何かを運んでる。」
レインは小さく頷いた。
「監視対象に加えよう。」
翌朝。
三人は街道脇の林へ身を潜め、その商隊を尾行し始めた。
十分な距離を保ち、決して姿を見せない。
商隊の護衛は何度も後方を確認し、ときには歩く速度まで変えていた。
「また後ろを見ました。」
エレアが小声で告げる。
「四度目です。」
レインも静かに頷く。
「尾行を警戒している。」
普通の商隊なら、ここまで神経質にはならない。
半日ほど尾行を続けた末、商隊は街道を外れ、小高い丘の向こうにある村へ入っていった。
高い木柵。
見張り台。
畑で働く村人。
一見すると、魔物対策を施した国境沿いの村にしか見えない。
「普通の村……ですね。」
エレアが呟く。
「いや。」
レインは首を横へ振った。
「違う。」
視線の先では、巡回する男たちが一定の間隔を保ちながら周囲を警戒している。
死角を確認する目線。
揃った歩幅。
互いの位置を崩さない動き。
「兵士だ。」
「ええ。」
エレアも頷く。
「訓練されています。」
ピリカは村全体を見渡しながら小さく呟いた。
「子どももいない。」
改めて確認すると、その通りだった。
働き盛りの男は多い。
荷馬車も出入りしている。
煙突からは煙も上がっている。
それなのに子どもの姿が一人もない。
老人の姿もほとんど見当たらなかった。
「偽装村ですね。」
エレアが静かに言う。
レインは断定せず答えた。
「まだ一つだ。」
翌日。
三人は別の街道を監視した。
すると昨日とは異なる商隊が、よく似た警戒を見せながら別方向へ進んでいく。
同じように尾行を続けた先にあったのは、昨日と酷似したもう一つの村だった。
木柵。
見張り台。
そして、村人とは思えない巡回兵。
レインは地図へ二つ目の印を書き込む。
エレアも新たな補給路を書き加えた。
「間違いありません。」
「補給拠点です。」
レインは静かに頷く。
「しかも一つではない。」
二つの印を見つめながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「これだけの拠点を短期間で築くことは不可能だ。」
エレアもその意味を理解する。
「つまり……。」
「少なくとも、この内乱が始まる以前から準備は進められていた。」
部屋ではなく森の中だったが、その一言の重みは十分だった。
ピリカも小さく息を吐く。
「思ってたより、ずっと根が深いね。」
レインは地図を丁寧に畳んだ。
二つ見つかった以上、三つ目もある。
四つ目もあるかもしれない。
「調査を続けよう。」
「敵の全体像が見えるまで、まだ動かない。」
二人も静かに頷く。
三つの影は再び森の奥へ溶け込んでいった。
反乱軍を支える巨大な補給網。その全貌を暴くために。




