超越者とは
部屋の中央にはノルガルト侯国全土の地図が広げられ、重苦しい空気の中、一人の伝令が片膝をついたまま報告を始める。
「ご報告いたします。反乱軍は各地へ展開していた兵を王都方面へ集結させています。兵糧、武器、軍資金も次々と王都へ運び込まれており、決戦の準備を進めているものと思われます。」
バルドリックが静かに問い掛けた。
「確認できた兵力は。」
「現在も調査中ですが、各地の部隊へ召集命令が出されております。反乱軍は局地戦を打ち切り、一戦で勝負を決めるつもりかと。」
報告が終わると、会議室は静まり返った。
王家健在の報が侯国内へ広まった以上、反乱軍も兵を各地へ散らしたままでは戦えない。いずれ決戦になることは誰もが予想していた。しかし、その時がここまで早く訪れるとは考えていなかった。
「やはり来ましたか。」
侯爵の一人が腕を組みながら低く呟く。
「向こうも後がありませんな。」
「国王陛下ご健在の報は侯国中へ広まりました。長引けば長引くほど、王家支持へ転じる領主や兵は増えるでしょう。」
「反乱軍としては、短期決戦へ持ち込むしかありますまい。」
何人もの諸侯が頷く。
だが、その一方で不安を隠せない表情も少なくなかった。
やがて一人の若い伯爵がゆっくりと立ち上がる。
「バルドリック閣下。」
「何じゃ。」
「大変失礼なことを申し上げます。しかし、この場だからこそ、お聞きしたいことがございます。」
「申してみよ。」
伯爵は一度だけゼルヴァード国王へ頭を下げると、意を決したように口を開いた。
「反乱軍には超越者が三人おります。」
その一言で会議室の空気が張り詰めた。
「対して我らは、バルドリック閣下とルーク殿のお二人のみ。それに、閣下は現場を離れて久しく、しかもルーク殿の実力をこの場で知る者はほとんどおりません。」
誰も伯爵を咎めない。
誰もが胸の内で抱いていた疑問だったからだ。
「兵は集められます。しかし……超越者三人を相手に、本当に勝てるのでしょうか。」
静寂が流れる。
バルドリックは伯爵を見つめると、小さく笑みを浮かべた。
「なるほど。それが諸君らの率直な考えか。」
そう言って立ち上がり、ゆっくりと地図の前まで歩いていく。
「まず勘違いしてはならん。」
静かな声だった。
しかし、その一言だけで会議室は水を打ったように静まり返る。
「超越者とは、人の限界を超えた戦闘能力を持つ者たちの総称じゃ。しかし、同じ超越者でも実力差は大きい。」
「経験、技量、相性、地形、判断力。そのどれか一つで勝敗は変わる。同じ超越者だからといって、力まで同じではない」
諸侯は真剣な眼差しで耳を傾ける。
「剣を極めた者、魔法を極めた者、その両方を高い水準で扱う者。そして、一部には異能力と呼ばれる特異な力を持つ者もおる。」
バルドリックは会議室をゆっくりと見渡した。
「例えば《黒雷》じゃ。」
若い領主たちが息を呑む。
「通常の雷魔法とは比べものにならぬ威力と速度を持つ黒い雷を操る能力。他にも物理攻撃を寄せ付けぬ者、失った腕や脚すら再生する者など、能力は千差万別じゃ。」
一拍置いて続ける。
「じゃが、どれほど強大な力を持とうと万能ではない。」
「超越者も血の通った人間じゃ。傷も負えば疲れもする。魔力も尽きる。能力には必ず癖があり、相性もある。」
何人もの諸侯が静かに頷いた。
「そして、超越者へは至らぬが、それに迫るほどの強者が三人、四人と揃えば、超越者を討ち取れる可能性は十分ある。」
「無論、それも相性、戦場の状況、経験、連携次第じゃ。」
「だからこそ各国は超越者だけに頼らず、優れた騎士や将を育て続けておる。」
静かな空気が流れる。
そしてバルドリックは、わずかに声を低くした。
「しかし。」
その一言で会議室の空気が変わる。
「例外がおる。」
誰も口を開かない。
「上位超越者じゃ。」
その名を聞いた瞬間、多くの諸侯が表情を引き締めた。
「一国に数えるほどしか存在せず、その一人がおるだけで戦略そのものが変わる。」
「通常の超越者が戦場を左右する存在なら、上位超越者は戦局そのものを覆しかねん。」
「ゆえに各国は、上位超越者が戦場へ現れた時は、必ず上位超越者をぶつける。それ以外に止める術が、ほとんど存在せぬからじゃ。」
しばらく沈黙が続いた後、バルドリックは不意に笑った。
「もっとも、敵の若僧どもは『超越者が三人いるから勝てる』と考えておるのじゃろう。」
その笑みには、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の将だけが持つ余裕があった。
「戦場で最も恐ろしいのは強敵ではない。」
一拍置く。
「油断じゃ。」
そう言って自らの胸を軽く叩く。
「若僧どもとは、くぐってきた修羅場の数が違う。」
その一言で、先ほどまで会議室を覆っていた重苦しい空気は消えていた。
諸侯たちの表情から迷いが薄れ、一人、また一人と力強く頷く。
バルドリックは笑みを収めると、地図の中央へ手を置いた。
「反乱軍が全軍を集めるなら、こちらも応じよう。」
低く、それでいて力強い声が会議室へ響く。
「各領へ伝令を飛ばせ。」
「全軍をアルゼンハルトへ集結させる。」
一人ひとりの顔を見渡し、最後に言い切った。
「ノルガルト侯国の命運を懸けた決戦じゃ。」
「諸君――勝ちに行くぞ。」




