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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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報告

軍議が終わると、集まっていた南部諸侯はそれぞれの領へ戻るため慌ただしく城を後にした。


王家健在という知らせを一刻も早く領内へ伝えなければならない。誰もがその役目を理解しており、城内には兵士や伝令が忙しく行き交い、先ほどまで張り詰めていた会議の空気は、今度は戦支度へ向けた慌ただしさへ変わっていった。


その頃、レインとエレアも静かに旅支度を整えていた。


とはいえ、荷物は背負い袋が一つずつあるだけだ。旅慣れた冒険者らしく、必要以上の物は何一つ持たない。


「準備はできました。」


エレアが装備を確認しながら言うと、レインも短く頷いた。


「こちらも問題ありません。」


その時だった。


扉が勢いよく開く。


「待たせた!」


元気な声と共に姿を見せたのはピリカだった。


小さな荷袋を肩へ掛け、まるで近所へ遊びに出掛けるような気軽さで笑っている。


その姿にエレアは思わず苦笑した。


「本当に来るんですね。」


「もちろん。」


迷いのない返事だった。


「お婆ちゃんにも『レインについて行きな』って言われたし。」


そこまで言うと、ピリカは悪戯っぽく笑う。


「それに、絶対面白いもん。」


レインと目が合い、二人は自然と笑みを交わした。


ほどなくして案内役の兵士が現れ、三人は城の奥にある控えの間へ案内される。


部屋では、ノルガルト侯国国王ディルガルド・フォン・ノルガルトと王家の面々、そしてアルゼンハルト辺境伯バルドリックが静かに待っていた。


三人が姿を見せると、ディルガルド王は穏やかな表情で歩み寄る。


「もう出立されるのですね。」


「はい。」


レインは短く答えた。


ディルガルド王も行き先や目的を尋ねようとはしない。


ガストン会頭が信頼を寄せ、さらにイゼルダが自ら王家の護送を託した冒険者である。その時点で、並の冒険者ではないことだけは十分理解していた。


彼らが何も語らず動こうとしているなら、それには語れない理由がある。


そう考えるだけで十分だった。


「改めて礼を申し上げます。」


ディルガルド王が静かに頭を下げる。


その後ろで王妃たちも揃って頭を下げた。


「皆がいなければ、私たちはここまで辿り着くことはできませんでした。本当に感謝しています。」


レインは軽く首を横へ振る。


「依頼を果たしただけです。」


飾らない返答だったが、ディルガルド王は穏やかに微笑んだ。


「それでも、我らが救われたことに変わりはありません。」


その様子を見守っていたシグリアが静かに歩み寄る。


「短い旅でしたが、お二人とご一緒できたことを嬉しく思います。」


続いてエイラがエレアの袖をそっと掴んだ。


「また会えるよね。」


「ええ。」


エレアは優しく微笑む。


「また会いましょう。」


「約束だよ?」


「約束です。」


その言葉にエイラは安心したように笑顔を浮かべた。


ハルヴェンもレインへ軽く一礼する。


「ありがとうございました。」


レインも礼を返した。


「また侯都で。」


短い言葉だった。


だが、その一言だけで互いの想いは十分伝わる。


その様子を見届けたバルドリックは兵士へ目配せした。


兵士は部屋の外へ下がり、扉が静かに閉じられる。


人気がなくなったことを確認すると、バルドリックはゆっくり三人へ歩み寄った。


「……頼んだ。」


それ以上は何も言わない。


何を託すのかも、どこへ向かうのかも言葉にはしない。


レインとエレアは黙って一礼を返す。


互いに、それだけで十分だった。


「それでは。」


レインが窓を開ける。


城壁の外には深い森が広がり、人影は見えない。


次の瞬間、レインが音もなく外へ降り立ち、エレアが続く。


「置いていかないでよ。」


笑いながら飛び出したピリカも二人へ追いつき、三つの影は木々の間へ溶け込むように姿を消した。


その背中を静かに見送ったバルドリックは、小さく息を吐く。


「……こちらも務めを果たそう。」


ディルガルド王は静かに頷いた。


「ええ。ここからが、ノルガルト侯国の正念場です。」


二人は王家の者たちを伴い、再び城の奥へ歩き出した。


          ◇


翌日の昼前。


三人は南部の小さな街へ入っていた。


街道沿いに栄えたその街は普段と変わらぬ賑わいを見せているようで、その実、至る所に武装した兵士の姿があった。商人たちは商売を続け、子どもたちも通りを走り回っているが、道行く人々の視線は時折城門や街道へ向けられる。


戦は確実に近づいていた。


レインは周囲を一通り見回すと、人通りの少ない裏通りへ足を向ける。


そこに建つ古びた本屋は、色褪せた看板と積み上げられた古書のせいで目立たず、知らなければただの小さな店にしか見えない。


エレアは迷うことなく扉を押し開けた。


店内には古い紙の匂いが漂い、棚には年代物の書物が隙間なく並んでいた。


店番をしていた白髪の店主は本から目を上げると、三人の顔を一度だけ見渡し、静かに本を閉じる。


レインは懐から古びた銀色のコインを取り出し、店主へ差し出した。


店主は受け取ったコインの刻印を丁寧に確認すると、小さく頷く。


「お待ちしておりました。」


落ち着いた声でそう告げると、店の奥へ視線を向けた。


「こちらへ。」


三人は互いに頷き合い、店主の案内で本棚の奥にある小部屋へ静かに足を踏み入れた。


小部屋は外から想像するよりも広かった。


壁一面には古びた本棚が並び、その奥には重厚な扉が一つだけ据えられている。


店主は無言のまま扉の前まで歩くと、胸元から小さな鍵を取り出した。


鍵穴へ差し込み静かに回す。


重い音と共に扉が開くと、その先には十畳ほどの石造りの部屋が広がっていた。


部屋の中央には円形の魔法陣が刻まれ、その上へ黒い魔導具が据えられている。


エレアは迷うことなく魔導具の前へ歩み寄った。


「レイン。」


「はい。」


レインは小さな木箱を開き、中から拳大の魔石を取り出す。


魔導具へ静かにはめ込むと、刻まれた魔法陣が淡い青白い光を放ち始めた。


低い駆動音が部屋へ響く。


やがて光が安定すると、落ち着いた男の声が聞こえてきた。


「こちら、第七騎士団本部。」


「エレアです。レインも一緒です。」


「確認した。報告を。」


短い返答を受け、エレアはアルゼンハルト辺境伯領へ到着するまでの経緯を順に伝えていった。


ライゼンで保護したシグリア王女たちを南部へ送り届けたこと。ベルクハイムで行方不明となっていたディルガルド王と王妃たち、その子どもたちを発見し、無事にアルゼンハルト城まで護送したこと。離れていた王家は合流し、現在はバルドリックの保護下にある。


さらに王家健在の報が南部諸侯へ伝えられ、反攻へ向けた準備が始まったことまで、余計な言葉を加えず報告していく。


「昨夜には王家を狙う暗殺者が城内へ侵入しました。三名とも生け捕りにし、背後関係も判明しています」


「詳細を」


「反乱軍はディルガルド王をはじめ、王家の方々へ多額の報奨金を掛けています。暗殺者はその報奨金を目的に、南部貴族ドレ子爵から雇われた者たちでした」


通信の向こうは、最後まで一度も口を挟まなかった。


エレアの報告が終わると、僅かな沈黙を挟んで男の声が返ってくる。


「王家全員の安全確保を確認した。ご苦労だった」


「ありがとうございます」


「報告内容は最優先で陛下と宰相閣下へ上げる。ほかに報告はあるか」


「もう一点あります」


エレアは隣に立つピリカへ視線を向けた。


「現在、イゼルダ殿の孫娘であるピリカが、私たちに同行しています」


通信の向こうが静かになった。


「同行に至った経緯を」


「イゼルダ殿本人から、今後はレインと行動するよう指示を受けたとのことです」


「本人の確認は取れているか」


その問いを聞いたピリカが、待ってましたとばかりに魔導具へ近づいた。


「ピリカだよ。お婆ちゃんから、レインについて行きなって言われました」


場違いなほど明るい声が石造りの部屋へ響く。


レインは僅かに苦笑し、エレアは何も言わずピリカを横目で見た。


「同行した理由は」


「面白そうだから」


ピリカは迷いなく答えた。


通信の向こうから返事はなかった。


「あと、お婆ちゃんがレインなら安心だって」


少し遅れて付け加えると、男は小さく息を吐いた。


「……確認のため通信を一時中断する。その場で待機せよ」


「了解しました」


魔導具の光が弱まり、通信が途切れた。


静寂が戻ると、ピリカは早速、床へ刻まれた魔法陣を興味深そうに覗き込んだ。


「これ、かなり古い型だね」


「分かるのですか」


レインが尋ねると、ピリカは魔法陣の外周を指で追う。


「基本部分は古いけど、何度か改修されてる。通信距離を伸ばしてるのに、魔石の消費はかなり抑えてあるよ。外へ魔力が漏れないように、部屋そのものも魔導具の一部になってるみたい」


そのまま黒い魔導具へ手を伸ばしかけたところで、エレアの声が飛んだ。


「触らないでください」


「触らないよ。ちょっと近くで見るだけ」


「手を引いてください」


「はーい」


不満そうに返事をしながらも、ピリカは素直に手を引いた。


しばらくすると、床の魔法陣が再び青白い光を放ち始める。


「待たせた」


先ほどと同じ男の声だった。


「ピリカ殿の同行について、陛下ならびに宰相閣下へ確認を取った。イゼルダ殿の意向を尊重し、同行を許可する」


「やった」


ピリカが小さく拳を握る。


「ただし、任務中はレイン及びエレアの指示に従え。


「了承」


僅かな間を置き、通信の向こうの声色が変わる。


それまでの報告を受けるものではない。第七騎士団の隊員へ命令を下す、指揮官の声だった。


「これより新たな任務を伝達する」


レインとエレアは自然と姿勢を正した。


ピリカも二人の空気が変わったことを察し、魔導具へ向き直る。


「カルドニア王国から反乱軍へ流入する兵糧、武器、軍資金、傭兵。その支援網の存在を確認した」


予想されていた事実だった。


ノルガルト侯国各地で同時に反乱を起こし、長期間にわたって兵を動かし続けるには、国内の協力者だけでは限界がある。カルドニア王国から何らかの支援が流れ込んでいることは、これまでに集めた情報からも疑いようがなかった。


「支援に使われている補給路と中継拠点を特定し、可能な限り遮断せよ」


「目的は反乱軍との正面戦闘ではない。カルドニア王国からの支援を削り、反乱軍の継戦能力を低下させることにある」


レインは部屋の壁へ掛けられた地図へ視線を移した。


カルドニア王国からノルガルト侯国北部へ続く街道は複数ある。だが、敵が堂々と正規の街道だけを使っているとは考えにくい。商隊への偽装や山道、河川、協力する貴族領を経由した非公式な補給路も用意されているはずだった。


「補給路を一度潰して終わりではない。敵は経路を変え、人員を替え、運搬方法も変えてくる。その都度情報を集め、先回りして潰せ」


「可能であれば補給路そのものを断て。困難ならば物資を奪うか、使用不能にする。それも難しい場合は、反乱軍への到着を遅らせるだけでも構わない」


「兵糧一袋、武器一本、傭兵一人でもいい。敵へ届く戦力を減らせ」


「了解しました」


レインとエレアの返答が重なる。


通信はさらに続いた。


「当然、カルドニア側も補給路への妨害は想定している。罠、陽動、囮の輸送隊、偽装された中継拠点。目に見える情報を安易に信じるな」


「そして、痕跡を残すな」


その一言に、命令の中でも特に強い重みがあった。


「アルディア王国が動いていると悟られれば、それだけで任務は失敗となる。現地勢力の抗争、盗賊の襲撃、あるいは正体不明の第三者による妨害と思わせろ」


「交戦した場合も、証拠や目撃者の扱いには細心の注意を払え」


「了解しました」


魔導具の光が徐々に弱まり、通信が途切れた。


エレアは中央にはめ込まれた魔石を取り外し、木箱へ丁寧に戻す。


「まずは情報収集からですね」


「ええ。敵の補給路が分からなければ、妨害のしようもありません」


レインは地図の北側へ目を向けた。


「最初に向かうなら、北部との境に近い地域でしょう。カルドニアから入った物資が反乱軍支配地域へ運ばれる以上、どこかに中継地点があるはずです」


「正規の街道だけとは限りません。商人、傭兵、地方貴族。それぞれの動きを確認する必要がありますね」


話を聞いていたピリカが、地図を覗き込みながら首を傾げる。


「補給する人を見つけて、全部眠らせれば終わりじゃないの?」


「補給路が一つなら、それでも終わります」


エレアは穏やかに答えた。


「ですが、一つを止めれば敵は別の道を使います。誰が、どこから、どのように物資を運んでいるのか。その仕組みを見つけなければ、本当の意味では止められません」


「剣を振るう前に、調べることの方が多いんだね」


「今回の任務では、そちらが中心です」


レインとエレアは一度だけ視線を交わした。


護送任務は終わった。


ここから先は、表からは誰にも見えない戦いとなる。


カルドニア王国が反乱軍へ送り続ける兵と物資。その流れを人知れず探り、一つずつ断ち切っていく。


それが、第七騎士団に与えられた新たな任務だった。


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