やっぱり来たね
ルークが一礼して部屋を出ようとした、その時だった。
「待て、ルーク。」
国王が静かに呼び止める。
ルークは足を止め、振り返った。
「おかげで、また家族と会うことができた。」
国王は深く頭を下げる。
「礼を言う。」
「もったいないお言葉です。」
ルークも静かに一礼した。
「私は陛下より命を預かった身。その務めを果たしたまでです。」
短く言葉を交わすと、ルークは踵を返す。
重い扉が閉まり、足音が遠ざかっていった。
バルドリックはその音を聞き届けると、卓上の地図へ視線を落とす。
「レイン。」
「はい。」
「此度の働き、礼を言う。」
老人は深く頭を下げることはしなかった。
だが、その一言には、一人の老将としての感謝が込められていた。
「お役に立てたのであれば何よりです。」
レインが静かに応じると、バルドリックは今度はピリカへ視線を向ける。
「お嬢さん。」
「なに?」
「今日はもう遅い。お前さんも疲れたじゃろう。客室を用意してある。今日はゆっくり休め。」
「はーい。」
気負いのない返事に、部屋の空気が少しだけ和らいだ。
「レイン、お前たちもじゃ。」
「明日からは、さらに忙しくなる。」
「承知しました。」
三人は静かに一礼し、部屋を後にする。
扉が閉まると、室内には国王とバルドリックだけが残った。
老人は静かに息を吐く。
「陛下。」
「分かっておる。」
国王は頷いた。
「諸侯には、もう一度集まってもらわねばならぬ。」
バルドリックも力強く頷く。
「王家がご無事である以上、戦の意味が変わります。」
「南部を守る戦ではない。」
「国を取り戻す戦じゃ。」
国王は地図へ視線を落とした。
「夜明けを待たず、各領へ早馬を出そう。」
「そして——明日、軍議を開く。」
「承知いたしました。」
バルドリックは鐘を鳴らす。
すぐに控えていた兵が入室した。
「ルークを補佐せよ。」
「南部諸侯全員へ伝令を飛ばす」
「アルゼンハルト城にて緊急軍議を執り行う。」
兵士は目を見開いた。
しかし次の瞬間には表情を引き締める。
「はっ!」
一礼すると、そのまま駆け出していった。
城内は再び慌ただしく動き始める。
伝令役の騎兵が次々と馬へ跨り、夜の城門から各地へ散っていく。
静まり返っていたアルゼンハルト城は、再び戦へ向けて動き始めた。
◇
その夜。
客室へ戻ったレインは窓際へ立ち、城下を見渡していた。
「動き始めましたね。」
遠くでは篝火が増え、伝令の騎馬が夜闇を駆けていく姿が見える。
「明日には南部諸侯が再び集まるでしょう。」
エレアも窓の外へ目を向ける。
「王家が戻られた以上、今度の軍議が本当の始まりになります。」
「楽しみだね。」
寝台へ腰掛けたピリカだけは、いつも通り呑気だった。
「忙しくなりそう。」
レインが苦笑した、その瞬間だった。
ごく小さな音が窓の外から聞こえた。
レインの視線が鋭く変わる。
「伏せてください。」
エレアとピリカも同時に気配を察知した。
次の瞬間。
ガラスが砕け、黒装束の男が三人、一斉に室内へ飛び込んでくる。
しかし。
三人が着地するより早く、レインの姿は消えていた。
鈍い衝撃音。
先頭の男が壁へ叩き付けられる。
同時にエレアの短剣が二人目の喉元へ突き付けられ、ピリカが三人目の背後へ回る。
「はい、おしまい。」
首筋へ軽く触れた指先から魔力が流れ込む。
男は声も上げられず、その場へ崩れ落ちた。
戦闘は十秒も掛からなかった。
レインは唯一意識を保っていた男の胸元を探る。
そこから出てきたのは、一枚の羊皮紙だった。
エレアが広げる。
そこには短く記されていた。
『ノルガルト王家の首 一人につき金貨五百枚』
依頼主の名はない。
だが、それだけで十分だった。
「賞金首ですか……。」
エレアの表情が険しくなる。
レインは羊皮紙を畳み、静かに立ち上がった。
「反乱軍が動き始めましたね。」
夜のアルゼンハルト城に、再び緊張が走った。




