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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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158/212

再会


アルゼンハルト辺境伯領へ到着した頃には、夜の帳が南部の大地を完全に包み込んでいた。


城壁の上には篝火が規則正しく灯り、巡回する兵士たちの姿が赤い炎に照らされている。南部最大の城塞都市だけあって、夜になっても警戒が緩む様子はない。城門前には避難民や旅人の姿こそなかったが、門兵たちは街道の先へ鋭い視線を向け、いつ何が現れても対応できるよう備えていた。


レインは城門から少し離れた場所で馬車を止め、荷台へ静かに声を掛ける。


「少々お待ちください。バルドリック閣下へ報告して参ります」


幌の奥から国王が頷いた。


「お願いします」


レインは御者台を降りると、一人で城門へ向かった。


篝火の下へ姿を現したところで、門兵の一人が目を見開く。


「レイン殿」


「バルドリック閣下へ、至急お伝えしたいことがあります」


レインの表情と、城門から離れた場所に止まる馬車を一度見ただけで、門兵は事情を察したらしい。


余計な質問はしなかった。


「すぐにお知らせします」


隣の兵士へ持ち場を任せ、そのまま城内へ駆け込んでいく。


それから程なくして、城門の奥からバルドリックが姿を現した。その後ろにはエレアとルークも続き、数人の兵士が周囲を固めている。


バルドリックは足早にレインの前まで来ると、離れた場所に止まる幌馬車へ目を向けた。


「……戻ったか」


「はい」


レインは静かに頷く。


「お連れしました」


その一言に、バルドリックの表情が固まった。


戦場でいかなる報告を受けても動じなかった元元帥が、一瞬だけ言葉を失う。


「本当、なのじゃな……」


「はい。国王陛下も、王妃殿下方も、お子様方も全員ご無事です」


バルドリックは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。


「そうか……」


短い言葉に、張り詰めていたものが滲んでいた。


エレアも安堵したように胸へ手を添える。


「間に合ったのですね」


ルークは何も言わなかった。


それでも、強く握られた拳と僅かに伏せられた顔から、押し殺している感情は十分に伝わった。


だが、バルドリックが感慨に浸ったのは一瞬だけだった。


すぐに表情を引き締め、傍らに控えていた騎士へ命じる。


「裏門を開けよ。第三警備隊から六名を選び、馬車を城館の奥まで案内させるのじゃ」


「直ちに」


「口の堅い者だけを使え。今夜ここへ誰が来たのか、他の者には一切知らせるな」


「承知しました」


騎士は一礼し、城内へ駆け戻っていく。


「まだ城内に敵の目がないとは言い切れん」


バルドリックは低い声で続けた。


「陛下方の帰還を公にする時は、こちらで選ばねばならん」


レインも異論なく頷いた。


ほどなく城壁の一角にある裏門が静かに開き、選ばれた六人の兵士が姿を現した。


号令も敬礼もない。


兵士たちは馬車の中にいる者を確かめようともせず、ただ命じられたとおり周囲を警戒しながら進路を開いた。


レインは再び御者台へ戻り、ゆっくりと馬車を動かす。


裏門を抜けた一行は、人気のない城壁沿いの道から城館の裏手へ入った。表の中庭や兵舎を避け、荷物の搬入に使われる通路を通って奥へ進んでいく。


馬車が止まったのは、使用人用の出入口に面した小さな庭だった。


周囲に人影はない。


バルドリックが自ら幌の前へ立ち、深く頭を下げる。


「陛下。長旅、誠にお疲れさまでございました」


幌が持ち上がり、町人風の服をまとった国王が姿を現した。


「バルドリック……世話を掛ける」


「そのようなお言葉は、ご家族と再会されてからにしてください」


バルドリックは僅かに笑みを浮かべ、城館へ続く扉を示した。


国王に続き、第一王妃、第二王妃、そして子どもたちが順番に馬車を降りる。誰の顔にも長旅の疲労が残っていたが、大きな怪我を負った者はいない。


最後にピリカが軽やかに飛び降りると、バルドリックは僅かに目を細めた。


「その娘は……」


「ピリカです。イゼルダさんの孫娘です」


レインの説明に、バルドリックはすべてを察したように頷いた。


「なるほど。イゼルダ殿が送り出したのなら、事情を知る者として扱おう」


「よろしくね、バルドリックさん」


緊張感のある場にもかかわらず普段どおり挨拶するピリカに、バルドリックは一瞬だけ目を瞬かせた。


「ああ。よろしく頼む」


一行は灯りを落とした回廊へ入り、使用人しか通らない細い通路を進んでいった。


普段なら人の行き交う城内も、夜が更けた今は静まり返っている。曲がり角ごとに兵士が立っていたが、全員が一行へ背を向け、通路の先だけを警戒していた。


誰が通ったのかを見ない。


それもまた、秘密を守るための命令なのだろう。


やがて一行は、城館の奥にある一室の前へ辿り着いた。


バルドリックが足を止め、国王へ振り返る。


「皆様、この中でお待ちです」


国王は閉ざされた扉を見つめ、静かに頷いた。


部屋の中では、シグリア、ハルヴェン、エイラの三人が落ち着かない様子で待っていた。


バルドリックから知らされているのは、「重要な報告がある」ということだけである。


シグリアは椅子へ腰掛けていたものの、廊下から足音が近づくたびに扉へ視線を向けていた。エイラは姉の隣で両手を握り締め、ハルヴェンも立ったまま沈黙を保っている。


やがて扉の向こうで足音が止まった。


三人の視線が一斉に集まる。


扉がゆっくりと開いた。


最初に部屋へ入った国王の姿を見た瞬間、シグリアが立ち上がった。


「……お父様」


声が震えていた。


信じられないものを見るように父の姿を見つめ、その後ろから第一王妃と第二王妃、さらに離れ離れになっていた家族が次々と入ってくるのを見て、張り詰めていたものが一気に崩れた。


「お母様……!」


シグリアは駆け出し、第一王妃の胸へ飛び込んだ。


第一王妃も涙を堪え切れず、娘の身体を強く抱き締める。


「シグリア……無事で、本当に良かった……」


それ以上、言葉は続かなかった。


互いの無事を確かめるように何度も抱き締め、肩へ顔を埋める。シグリアも王女として保ち続けていた気丈さを失い、母の腕の中で声を押し殺して泣いていた。


エイラも第二王妃の姿を認めた瞬間、堪えていた涙を溢れさせる。


「お母様ぁ……!」


第二王妃は駆け寄ってきた娘を受け止め、その小さな身体を胸へ抱き締めた。


「怖かったでしょう。よく頑張りましたね」


「会いたかった……ずっと、会いたかったです……」


第二王妃は何度も娘の頭を撫で、震える背中を優しく抱き締め続けた。


ハルヴェンは両親と妹たちの再会を見つめた後、国王の前へ歩み寄った。


「父上」


深く頭を下げる。


王族として振る舞おうとする息子を見つめ、国王は何も言わず、その肩へ両手を置いた。


「よく、皆を守った」


その一言に、ハルヴェンの肩が僅かに震えた。


「……はい」


短く答えたものの、上げた顔には隠し切れない安堵が滲んでいる。


国王はそんな息子を強く抱き寄せた。


ハルヴェンも一瞬だけ身体を硬くしたが、やがて父の背中へ腕を回した。


ほかの子どもたちも姉や兄のもとへ駆け寄り、離れていた時間を埋めるように互いの無事を確かめ合っている。


室内には涙声と、何度も名前を呼び合う声が重なった。


バルドリックは部屋の入口で、その光景を静かに見守っていた。


エレアも安堵したように微笑み、ルークはようやく肩から力を抜く。リング隊長をはじめ護衛たちも、王家が再び一つとなった姿を前に、誰一人として口を開こうとはしなかった。


その後ろで、ピリカは目元を指先で拭いながら、小さく鼻を啜っている。


「泣いていますか?」


レインが声を落として尋ねると、ピリカは慌てて首を横へ振った。


「泣いてないよ。ちょっと目に埃が入っただけ」


地下通路から城内まで来て、今さら埃が入るとは考えにくい。


それでもレインは指摘せず、小さく笑った。


そして、家族を囲む輪から静かに一歩下がる。


今はただ、離れ離れになっていた彼らの時間を邪魔しないように。


長く途切れていた王家の家族が、ようやく一つになった夜だった。

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