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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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156/212

ノルガルト戦線11


イゼルダの部屋を出ると、ピリカは慣れた足取りで地下通路を歩き始めた。


石壁へ等間隔に埋め込まれた魔導灯が淡く足元を照らし、静まり返った通路には二人の足音だけが規則正しく響く。


「こっちだよ。」


迷うことなく角を曲がり、しばらく進んだ先で一枚の木扉の前へ立ち止まる。


軽く三度、扉を叩いた。


「ピリカだよ」


すぐに内側から鍵が外れる音が響き、扉がゆっくりと開いた。


室内は驚くほど質素だった。


最低限の寝具と机、椅子が置かれているだけだが、人目を避けて身を潜めるには十分な広さがある。


そこには町人風の服へ着替えた国王一家が静かに待っていた。


豪華な衣装も王族を示す装飾もない。街へ出れば、裕福な商家の一家にしか見えないだろう。


国王が一歩前へ出る。


「あなたが、イゼルダ殿の話していたレイン殿ですな。」


「はい。」


レインは静かに一礼した。


「アルゼンハルト辺境伯領まで護衛いたします。出発の準備は整っております。」


「よろしく頼みます。」


国王は短く頷いた。


その眼差しに迷いはない。


イゼルダが託した相手。


それだけで十分に信頼できると判断しているのだろう。


「参りましょう。」


国王の一言で、王妃たちと子どもたちも必要最低限の荷物だけを手に取り、静かに部屋を後にした。


再び地下通路を進み、そのまま奥へ歩いていく。


やがて大きな木戸の前でピリカが閂を外すと、夕暮れの風が地下へ流れ込んだ。


出口の先は街外れに建つ古い倉庫だった。


人気はない。


倉庫の中央には、一台の幌馬車だけが静かに止められている。


どこにでもある商人の荷馬車。


だからこそ、人目を引かない。


「お婆ちゃんが昨日のうちに用意しておいたんだ。」


ピリカが幌を軽く叩く。


レインは車輪や馬具、馬の様子まで一通り確認する。


異常はない。


荷台には木箱や麻袋が積まれ、その奥には人が身を隠せる空間まで確保されていた。


さすがイゼルダだった。


「皆さん、荷台へお願いします。」


国王一家が順番に乗り込み、最後にピリカも軽やかに飛び乗る。


レインが視線を向けると、ピリカは笑って肩を竦めた。


「私は家族の娘ってこと。」


「御者台に二人いるより自然でしょ?」


「確かに。」


レインも小さく頷いた。


幌が閉じられると、中の様子は外から見えなくなる。


レインは御者台へ腰を下ろし、静かに手綱を握った。


馬車はゆっくりと倉庫を離れ、夕暮れのベルクハイムへ溶け込むように走り始める。


仕事を終えた商人や職人たちが家路を急ぎ、街を離れる荷馬車も少なくない。


その流れへ自然に紛れ込みながら、レインは周囲へ静かに視線を巡らせた。


尾行の気配はない。


だが、それでも警戒を解くことはしない。


やがて前方にベルクハイム南門が見えてくる。


門前には街を出る旅人や荷馬車が列を作り、一組ずつ門兵の検査を受けていた。


以前より警戒は明らかに厳しい。


戦時下であることを、門前の空気そのものが物語っている。


レインは前の荷馬車との間隔を保ちながら列へ加わった。


順番が近づき、やがて門兵が声を張る。


「次の馬車、前へ。」


レインは手綱を軽く引き、馬車を進めた。


門兵は御者台のレインを一瞥すると、ゆっくりと幌馬車の周囲を歩き始める。


「どこへ向かう。」


「南です。」


「行商か。」


「護衛依頼です。」


門兵は眉をひそめた。


「護衛なら、御者はどうした。」


「戦の影響で見つかりませんでした。依頼主も長く街へ留まれず、私が兼ねています。」


門兵は苦笑した。


「最近はそんな話ばかりだ。」


後ろにいた兵士も肩を竦める。


「御者も荷運びも人手不足ですから。」


「中を確認する。」


「どうぞ。」


幌を少し持ち上げた門兵は、中を一瞥する。


荷物の奥では町人風の服を着た家族が身を寄せ合い、疲れた表情で静かに座っていた。


戦乱を逃れ、南へ向かう一家。


そう見えても不思議ではない。


門兵は幌を閉じる。


「身分証。」


レインは冒険者ギルドの身分証を差し出した。


「アルディア王国の冒険者か。」


「はい。」


「こんな時によく依頼を受けたな。」


「依頼人を送り届けるのが仕事です。」


門兵は小さく笑い、身分証を返す。


「街道も物騒だ。反乱軍だけじゃない。野盗も増えている。」


「気を付けます。」


「よし、通れ。」


重厚な城門がゆっくりと開く。


レインは静かに手綱を鳴らした。


馬車は夕暮れの光の中を進み、誰にも呼び止められることなくベルクハイムを後にする。


だが、レインは一度も振り返らなかった。


王家を狙う者が、この街にいないという保証はどこにもなかったからだ。

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