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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
152/239

ノルガルト侯国戦線7


翌朝。


アルゼンハルト城は、まだ朝靄に包まれていた。


城壁では夜警を終えた兵士たちが持ち場を交代し、厩舎では騎兵たちが手際よく馬へ鞍を取り付けている。兵士が伝令筒を確認し、別の兵が補給袋を馬へ括りつける。その動きには一切の無駄がなく、全員が自分の役目を理解していた。


城門前でその様子を見守っていたバルドリックは、最後の一騎が城門を抜けていくまで黙って立っていた。


「南へ八騎、西へ五騎、東へ四騎。予定通り全員出立いたしました。」


側近の報告に、バルドリックは静かに頷く。


「うむ。あとは無事に辿り着くことを祈るだけじゃ。」


王女たちが城へ到着したその日のうちに、バルドリックは南部諸侯へ極秘の召集を命じていた。


『二日後、アルゼンハルト城にて軍議を開く。至急参集されたし。』


文面はそれだけだった。


だが、長年この南部を支えてきた諸侯なら、その短い一文だけで十分だった。王都陥落という異常事態の中で辺境伯が軍議を開く。その意味を理解できぬ者はいない。


「反乱軍へ悟られてはなりません。」


側近が声を潜める。


「分かっておる。」


バルドリックは北の空へ視線を向けた。


「じゃが急がねばならん。今は一日遅れるだけでも致命傷になりかねん。」


王都はいまだ沈黙したまま。


国王の安否も分からず、北部から届く報せは断片的なものばかりだった。


分かっているのは、シグリア王女をはじめとする王家の者たちが無事に南部へ辿り着いたことだけ。


それだけでも、不幸中の幸いだった。


         ◇


同じ頃。


レインとエレアは城内を歩いていた。


昨日よりも城全体の空気はさらに張り詰めている。


武器庫では兵士たちが槍の穂先を研ぎ、弓兵は弦を張り替え、荷車には兵糧袋や矢束が次々と積み込まれていた。


一方で中庭には避難民が集められ、炊き出しの列は昨日よりさらに長く伸びている。


子どもへ温かいスープを手渡す兵士。


怪我人の腕へ包帯を巻く衛生兵。


倉庫からは絶え間なく食料が運び出され、そのたびに帳簿を手にした文官が数量を確認していた。


「避難民はまだ増えていますね。」


レインが呟く。


「北部だけではありません。」


エレアは列の最後尾へ目を向けた。


「中央部から逃れてきた人々も混ざっています。この様子では、しばらく増え続けるでしょう。」


二人はそのまま城下へ足を運んだ。


市場は営業こそ続いていたが、並ぶ商品は昨日よりもさらに少ない。


干し肉や小麦は数に限りがあり、塩や薬草には購入制限まで設けられている。


それでも混乱は起きていなかった。


店主たちは静かに品を並べ、領民たちも必要最低限の物だけを買い求めていく。


「あれだけ避難民が増えても暴動にならない。」


レインは静かに周囲を見渡した。


「兵だけではありません。」


エレアも頷く。


「領民も辺境伯を信頼しているのでしょう。誰もが、自分さえ助かればいいという動きをしていません。」


その言葉通りだった。


井戸では若者たちが水を運び、教会では修道女たちが避難民へ毛布を配っている。


裕福な商人らしき男も、自ら荷車から食料を降ろしていた。


戦時とは思えないほど秩序が保たれている。


「長い年月をかけて築いた信頼ですね。」


レインが小さく呟く。


「だからこそ、この南部はまだ崩れていません。」


エレアも静かに答えた。


二人はそれ以上言葉を交わさず、城への帰路につく。


この半日だけでも十分な情報が集まっていた。


         ◇


その日の夕刻。


城門前へ一台の馬車が姿を現した。


続いて十騎ほどの護衛騎士。


馬車の側面には南部でも名の知れた伯爵家の紋章が掲げられている。


「最初の一団ですね。」


城壁の上から見下ろしていたレインが呟く。


「早馬を受けて、夜通し馬を走らせたのでしょう。」


エレアも視線を向ける。


到着した貴族は最小限の護衛しか連れていない。


極秘の召集であることを理解している証だった。


やがて二台目。


三台目。


日が沈む頃には、さらに数家の諸侯がアルゼンハルト城へ到着する。


城内では使用人たちが慌ただしく客室を整え、兵士たちは到着した一行を次々と案内していった。


夜が更けても城門が閉じられることはない。


深夜になっても松明の明かりが揺れ、そのたびに新たな馬車や騎馬隊が城へ入っていく。


誰もが一刻を争っていた。


         ◇


そして翌朝。


朝日が昇る頃には、さらに多くの騎馬や馬車がアルゼンハルト城へ集まり始める。


伯爵。


侯爵。


代々南部を支えてきた名家の当主たちが、次々と城門をくぐっていった。


その表情は誰もが険しい。


王都陥落。


国王の安否不明。


反乱軍の進軍。


この国の命運を左右する軍議になることを、誰もが理解していた。


城の大会議室では巨大な円卓が用意され、諸侯たちは静かに席へ着いていく。


重苦しい沈黙だけが広い室内を満たしていた。


やがて、重厚な扉の向こうから足音が響く。


室内の視線が一斉に扉へ向けられた。


ゆっくりと扉が開く。


先頭を歩くのは、アルゼンハルト辺境伯バルドリック。


その半歩後ろには、シグリア王女、ハルヴェン王子、エイラ王女の姿があった。


南部諸侯による運命の軍議が、今まさに幕を開けようとしていた。

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