ノルガルト侯国戦線3
部屋は静まり返っていた。
商人たちが各地で集めた情報。そして、ライゼン冒険者ギルド副支部長ヴァルケインが分析した情勢。
立場も情報源も異なるはずの二つは、どちらもカルドニア王国の関与を示していた。
その沈黙を破ったのは、これまで一言も口を開かなかったルークだった。
「一つ、訂正があります。」
低く落ち着いた声に、全員の視線が集まる。
ルークは静かに立ち上がると、地図の北部へ歩み寄った。
「北部は反乱軍に支配されています。」
その言葉に、部屋の空気がわずかに張り詰める。
ルークは続けた。
「ですが、それは北部貴族全員が反乱を望んだという意味ではありません。」
リング隊長がゆっくりと顔を上げる。
「……どういうことだ。」
「反乱に加わった者もいれば、最後まで反対した者もいます。」
「カルドニアへ従うことを良しとしない者も少なくありません。」
フェルムが驚いたように目を見開いた。
「ですが、商人たちの間では北部は完全に反乱軍の支配下に入ったと聞いております。」
「表向きは、その通りです。」
ルークは静かに頷く。
「反乱へ加わらなければ領地を失う者もいました。家族を人質に取られた者、兵を向けられ、従わざるを得なかった者もいます。」
「それぞれ事情が違います。」
部屋に重苦しい空気が流れた。
単純に敵味方へ分けられる話ではない。
貴族たちには、それぞれ守るべき領民と家族があった。
ルークは地図から視線を離さず、静かに言葉を継ぐ。
「そして、その中には今も陛下へ忠誠を誓っている者もいます。」
シグリアがゆっくりと顔を上げた。
「……本当なのですね。」
「はい。」
ルークは迷いなく頷いた。
「だからこそ、陛下は戦い続けておられます。」
部屋を包む静寂の中、リング隊長が腕を組んだ。
「敵も一枚岩ではない、ということか。」
「その通りです。」
「反乱軍という名で一括りにはできますが、その内情は決して一つではありません。」
誰も口を挟まなかった。
"反乱軍"という言葉の裏には、それぞれ異なる思惑を抱えた者たちがいる。
国王直属の護衛であるルークの言葉は、その事実を何より雄弁に物語っていた。
やがてシグリアは地図へ視線を落とし、小さく呟く。
「まだ……父上を信じている方々が残っているのですね。」
ルークは王女へ静かに一礼した。
「おります。」
「だからこそ、陛下は最後まで希望を捨ててはおられません。」
部屋を包む静寂の中、リング隊長がゆっくりと口を開いた。
「では、我々は侯都へ向かう。」
その言葉に、ルークは静かに首を横へ振った。
「反対です。」
短い一言だった。
しかし、その重みは部屋の空気を一変させるには十分だった。
「……理由を聞こう。」
リング隊長が問い返すと、ルークは少しだけ間を置いて口を開く。
「陛下から命を受けています。」
シグリアも思わず身を乗り出した。
「父上から……?」
「はい。」
ルークは静かに一礼する。
「陛下は以前から、カルドニア王国を信用しておられませんでした。」
「いつか、このような事態が起こる可能性はある、と。」
部屋は水を打ったように静まり返る。
「その時のため、私には一つだけ命が下されていました。」
「もし侯都が落ちたなら、決して侯都へ来るな。」
「私を探すな。」
「シグリア殿下、ハルヴェン殿下、エイラ殿下を守れ。」
「それがお前の役目だ、と。」
ルークは地図へ歩み寄ると、侯都ではなく、その南へ静かに指を置いた。
「我々が向かうべき場所は侯都ではありません。」
「南部です。」
エレアが静かに問い返す。
「南部に、何があるのですか。」
「詳しくは存じません。」
「ですが陛下は、こうも仰いました。」
『ノルガルト侯国を守る鍵は南部にある。』
「私が承っている命令は、そこまでです。」
部屋に再び静寂が落ちた。
国王直属護衛であるルークが命令を違えることはない。
やがてリング隊長は静かに頷く。
「……承知した。」
「護衛隊は陛下のご命令に従う。」
シグリアもゆっくりと顔を上げる。
「父上を信じます。」
「まずは南部へ向かいましょう。」




