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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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143/212

逃亡王女5


翌朝。


宿の中はまだ静かだった。


昨夜遅くまで続いた逃避行の疲れもあり、王女と子どもたちはようやく安らかな眠りについている。護衛たちも交代で見張りに立ちながら、短い休息を取っていた。


一夜で状況が好転することはない。


だからこそ、今動ける者が動く必要があった。


レインとエレアはグラディウスへ一声掛けると、宿を後にする。


「第七騎士団へ報告ですね。」


エレアの言葉に、レインは静かに頷いた。


「王女殿下たちを保護したこと。それとノルガルト侯国内の現状を本部へ伝えます。」


「今後の判断は本部も共有しておく必要がありますからね。」


「ええ。」


二人は人混みへ紛れるように歩き始めた。


世界商談会は今日も朝から活気に満ちている。


各国の商人が荷馬車を連ね、護衛の冒険者や使節団が忙しなく通りを行き交う。その喧騒へ溶け込めば、二人へ注意を向ける者はいなかった。


やがて南区の一角に建つ酒場へ辿り着く。


古びた石造りの、ごく普通の酒場。


旅人や荷役夫が昼夜を問わず出入りする店だが、第七騎士団にとってはライゼンでの連絡拠点でもあった。


レインはカウンターへ歩み寄ると、一枚の古びた金属製のコインを静かに差し出した。


表面には七本の旗。


第七騎士団だけが持つ認証章だった。


店主は刻印を一目確認すると、小さく頷く。


「こちらへ。」


余計な言葉はない。


二人は店主の後に続き、厨房の奥を抜ける。


細い通路の先にある小部屋へ案内されると、扉が閉まるのと同時に壁へ埋め込まれた魔導具が淡く光を放った。


盗聴防止の結界。


第七騎士団が使用する連絡室だった。


「少々、お待ちください。」


店主が部屋を出ると、室内は静寂に包まれる。


レインとエレアは席へ着き、静かに待った。


やがて一定の間隔で三度、扉が叩かれる。


「どうぞ。」


返事と共に入ってきたのは、四十代半ばほどの男だった。


旅装姿に一本の剣。


どこにでもいる護衛へしか見えないが、無駄のない所作には軍人らしい気配が滲んでいる。


男は扉が閉まるのを待ち、右拳を胸へ当てた。


レインとエレアも同じ敬礼を返す。


男は席へ着くと、短く告げた。


「報告を。」


レインも無駄な前置きはしない。


「ノルガルト侯国王女一行を保護しました。」


男は黙って頷く。


「現在、安全な場所で保護中です。」


「護衛十二名中、六名戦死。残る護衛はリング隊長以下数名。」


「襲撃には護衛内部の裏切りが確認されました。」


その後もレインは時系列に沿って報告を続ける。


倉庫。


地下水路。


工房。


そして昨夜、安全な隠れ家へ移動したことまで。


男は最後まで一度も口を挟まず、机の上で手早く要点を書き留めていった。


やがて筆を置く。


「現在、本部でも同様の情報を掴み始めています。」


「ですが、現地の状況はあなた方の報告が最も正確です。」


報告書を封筒へ収めると、封印を施し懐へしまう。


「最優先で本部へ送ります。」


レインは静かに頷いた。


「お願いします。」


男も立ち上がる。


「本部からの命令です。」


「現場判断を最優先してください。」


「王女殿下と子どもたちの安全確保を第一とし、状況に応じて柔軟に行動を。」


新たな命令ではない。


これまでの任務を、そのまま継続せよという意味だった。


「了解しました。」


男は敬礼を返す。


「次回も連絡が必要であれば、この酒場を使用してください。」


「こちらから接触することはありません。」


それだけ告げると、音もなく部屋を後にした。


再び静寂が戻る。


レインはゆっくり立ち上がる。


「戻りましょう。」


「ええ。」


二人は酒場を後にし、再び世界商談会で賑わうライゼンの街へ足を踏み出した。

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