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英雄なのか?  作者: よろず
ノルガルト侯国内戦
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139/212

逃亡王女1


ベルグ商会を出たレインとエレアは、人通りの多い中央通りを抜け、そのまま北区へ足を向けた。


古い煉瓦造りの倉庫が建ち並ぶ北区は、中央区ほど人通りは多くない。運河沿いには使われなくなった倉庫も点在し、昼間でありながら静まり返っている場所も少なくなかった。


「ガストンさんが話していた倉庫は、この辺りですね。」


エレアが地図を確認すると、レインは歩調を変えず周囲へ視線を巡らせた。


「まずは外から見てみましょう。」


二人は目的の倉庫の前を何気なく通り過ぎる。


扉には錆びた錠前。


窓には板が打ち付けられ、一見すれば何年も使われていない廃倉庫だった。


しかし、近付いてみると違和感が次々と目に入る。


入口の土は最近何度も踏み固められ、蝶番だけが新しく交換されている。


運河側には舟を係留したばかりの縄の擦れ跡。


壁際には新しい足跡が幾重にも残っていた。


「廃倉庫には見えませんね。」


「ええ。」


レインは小さく頷いた。


「人目につかないよう偽装しています。」


人気がないことを確認すると、二人は裏手へ回り込む。


レインは短剣で窓の留め具を静かに外し、音を立てないよう倉庫の中へ滑り込んだ。


薄暗い室内には乾いた木材の匂いが漂っている。


その奥から、かすかに鉄臭さが鼻をついた。


床には拭き取られた血痕。


壁際には使い終えた薬草。


切り裂かれた包帯。


暖炉の灰へ触れたレインは指先を見つめる。


「まだ完全には冷えていません。」


「昨夜までは誰かがいたということですね。」


さらに奥へ進む。


木箱の陰には保存食と水袋。


その横には、小さな革靴が片方だけ落ちていた。


レインはそれを拾い上げる。


「子どもの靴です。」


「王子殿下でしょうか。」


「その可能性は高いですね。」


室内を一通り見渡したレインは、一枚の地図の前で立ち止まった。


広げられていたのはライゼン市街図。


中央区。


北区。


運河沿い。


いくつかの場所へ印が付けられている。


エレアが覗き込む。


「逃走経路でしょうか。」


レインはゆっくり首を横へ振った。


「違います。」


「ここは隠れ家ではありません。」


部屋全体へ視線を巡らせる。


保存食は最低限。


寝具もない。


長く滞在した形跡も見当たらない。


「一時的な中継地点です。」


エレアも納得したように頷いた。


「追跡を避けるため、一度だけ身を隠した……。」


「ええ。そして、すぐ次の場所へ移っています。」


その瞬間だった。


レインの視線が床の一角で止まる。


周囲の床板は長年の汚れで黒ずんでいる。


だが、一枚だけ色が違った。


しゃがみ込む。


縁には新しい傷。


金具だけが不自然なほど磨かれている。


「エレア。」


短く呼びかける。


エレアも剣へ手を添え、静かに周囲を警戒した。


レインは木箱を静かに脇へ寄せる。


隠されていた鉄の取っ手が姿を現した。


ゆっくりと持ち上げる。


重い床板が軋みながら開き、冷たい空気が足元から吹き上がってきた。


暗闇の奥へ石造りの通路が続いている。


耳を澄ませると、水が流れる音がかすかに響いていた。


「……地下水路。」


ライゼン建国以前から使われている古い地下水路。


王女たちは、この道を使って姿を消した可能性が高かった。

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