謎の男
ガストンは机の引き出しから数枚の書類を取り出し、レインとエレアの前へ静かに並べた。
最初の一枚は、ノルガルト王女一行がライゼンへ入国した際の名簿。
その隣には、昨夜の戦闘で死亡した護衛と、王女たちと共に屋敷を脱出したと見られる護衛の名が分けて記されていた。
「王女殿下に同行してきた護衛は全部で十二人じゃ。」
ガストンは名簿へ指を置いた。
「昨夜の戦闘で死亡した者が六人。王女殿下と子ども達を連れて屋敷を脱出したと見られる者が五人。」
そこで指が止まる。
「そして、残る一人だけが消息不明じゃ。」
レインは二枚の書類を見比べた。
数字だけ見れば、戦闘の混乱で行方が分からなくなった護衛が一人いる――それだけにも思える。
だが、ガストンがわざわざこの資料を用意した理由は、そこではない。
「何か引っ掛かる点があるんですね。」
「ああ。」
ガストンは頷いた。
「この男だけ、記録がおかしい。」
示された名には、他の護衛に記されている経歴や王家への仕官年数が書かれていなかった。
入国記録には『王家直属騎士』とだけある。
しかし、それ以前の王族随行記録にも、ベルグ商会が保管している過去の名簿にも、この名は一度も現れていない。
「王族の護衛は、毎回ほぼ同じ顔ぶれになる。多少の入れ替わりはあっても、王女殿下や王子達を任される者なら、どこかに名前が残るもんじゃ。」
ガストンは静かに続ける。
「じゃが、この男だけは今回突然現れた。」
エレアも書類へ目を落とした。
「偽名……あるいは身分を偽って護衛へ紛れ込んだ可能性がありますね。」
「わしもそう考えとる。」
ガストンは新たに一枚の地図を広げた。
「さらに妙なのは、この男、戦闘が起きる二日前、一人で屋敷を出とる。」
指先が北区の一角で止まる。
「向かった先は、北区の運河沿いにある古い倉庫街じゃ。」
レインも地図へ視線を落とす。
中央区から外れたその場所は、今では使われなくなった倉庫や小さな運送業者の荷置き場が並ぶ地域だった。
世界商談会の最中でも人目は少ない。
誰かと密かに会うには都合が良すぎる場所だった。
「誰と接触したかは。」
「そこまでは掴めとらん。」
ガストンは首を横へ振る。
「屋敷へ戻ったのは日が沈んでからじゃ。それ以降、戦闘が始まるまで外へ出た記録はない。」
レインは名簿と地図を見比べる。
事件の二日前。
倉庫街。
そして、事件後に姿を消した唯一の護衛。
偶然にしては出来すぎていた。
エレアが静かに口を開く。
「襲撃側へ情報を流していた内通者……その可能性があります。」
ガストンは否定しなかった。
「十分あり得る。」
「じゃが、逆も考えられる。」
二人の視線がガストンへ向く。
「裏切りに気付き、王女殿下達を逃がす準備を進めていた可能性じゃ。」
静かな声だった。
「倉庫街が逃走の拠点だったのかもしれん。」
レインは小さく頷く。
「現時点では、敵か味方か判断できませんね。」
「ああ。」
ガストンも同意する。
「分かっとるのは一つだけじゃ。」
再び地図へ指を置く。
「この男は、事件が起きる前から独自に動いとった。」
部屋へ静かな空気が流れた。
ガストンは地図をレインの方へ押し出す。
「衛兵は屋敷周辺を調べとる。商会の者は門や宿を回っとる。」
「じゃが、倉庫街を大人数で探せば相手へ気付かれる。」
そこで初めてレインを真っ直ぐ見た。
「お前さん達なら冒険者として歩いていても不自然じゃない。」
「誰を探し、何のために動いとるかも悟られにくい。」
レインは地図へ目を落としたまま静かに考え込む。
ガストンは二人の正体を知らない。
それでも、アルディア王国と何らかの関わりがあり、公には動けない事情を抱えていることだけは察している。
だからこそ、互いに踏み込まない。
その距離感が信頼へ繋がっていた。
やがてレインは顔を上げる。
「分かりました。」
「まずは、この護衛が向かった倉庫街を調べます。」
ガストンは静かに頷いた。
「頼む。」
「ただし、無理だけはするな。」
「王女殿下を守っている者まで敵に回してしまえば、本末転倒じゃ。」
レインとエレアは小さく頷く。
誰が裏切り、誰が王女を守っているのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
事件の鍵は、北区の古い倉庫街に残されている可能性が高かった。




