ゼルディア・アルヴェシオン
衛兵へ現場を引き継ぐと、レインたちはその場を後にした。
路地を抜け、大通りへ戻る頃には、先ほどまでの騒ぎも少しずつ落ち着きを取り戻していた。世界商談会を目前に控えたライゼンでは、小さな騒動が起きても街の流れは止まらない。商人たちは再び店先へ立ち、荷馬車は絶え間なく行き交い、祭りへ向けた準備も何事もなかったように続いていた。
「まずはガストンさんへ報告しましょう。」
エレアの言葉に全員が頷き、そのまま宿へ戻る。
宿へ入ると、カウンターの向こうにいたグラディウスが顔を上げた。
「終わったか。」
「ひとまずは。」
レインが答えると、グラディウスは余計なことは聞かず、親指で奥の応接室を示した。
「待ってる。」
その一言だけで十分だった。
応接室の扉を開くと、ガストンは椅子へ腰を下ろしたまま四人を迎えた。
その隣には、一人の女性が静かに腰掛けている。
年齢は五十前後。
深い青の上着に身を包み、落ち着いた物腰はいかにも一流商人らしい。しかし、穏やかな表情とは対照的に、その瞳には相手の本質を見抜こうとする鋭さが宿っていた。
ガストンは四人の無事な姿を見ると、小さく息を吐く。
「その顔なら、大事にはならんかったようじゃな。」
「襲われていた商人は無事でした。」
レインが答えると、ガストンは安堵したように頷いた。
「そうか。それを聞いて安心した。」
そう言って隣の女性へ視線を向ける。
「紹介しよう。アルヴェシオン商会会頭、ゼルディア・アルヴェシオンじゃ。」
女性は静かに立ち上がり、優雅に一礼した。
「初めまして。ゼルディア・アルヴェシオンと申します。」
「先ほど助けていただいた商人は、私どもの商会と長く取引を続けている大切な取引先です。皆様には心より感謝申し上げます。」
その言葉には飾り気がない。
商人として積み重ねてきた誠実さが自然と伝わってくる。
レインたちも一礼を返し、席へ着いた。
「何か分かったことはあったか。」
ガストンに促され、レインは現場で見聞きしたことを順を追って説明した。
商人が路地へ追い詰められていたこと。
黒衣の男たちは最初から命を奪うよりも帳簿の在りかを聞き出そうとしていたこと。
本人にも狙われる理由は分からなかったこと。
そして、もう一人仲間と思われる男が現れたものの、何もせず立ち去ったこと。
話を聞き終えたゼルディアは静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。
「やはり……。」
その呟きに、部屋の空気がわずかに張り詰める。
「ここ数日、襲われた金融商を私なりに調べていました。」
「皆、私どもアルヴェシオン商会と取引のある商人ばかりなのです。」
ガストンが腕を組む。
「狙いは金融商ではなく、お前さんの商会というわけか。」
「その可能性は高いでしょう。」
ゼルディアは静かに頷いた。
「正面から商売で勝負せず、信用を崩そうとしているのかもしれません。」
ガストンは低く唸る。
「商売は信用で成り立つ。」
「勝てんからといって刃へ頼るような連中は、商人とは呼べん。」
重苦しい空気が部屋を包む。
やがてゼルディアが再び口を開いた。
「もう一つ、気になることがあります。」
「襲われた金融商には、もう一つ共通点がありました。」
レインが身を乗り出す。
「何ですか。」
「ここ半月ほどの間に、同じ相手から融資を求められています。」
「東方から来た商人です。」
「商談会へ向けて莫大な資金を集めていましたが、提示された条件が一方的過ぎたため、多くの金融商が断っています。」
ガストンは静かに目を細めた。
「偶然にしては出来過ぎじゃな。」
「ええ。」
ゼルディアも同意する。
「ただ、まだ断定はできません。」
「推測だけで相手を敵と決めつければ、それこそ商人の信用を失います。」
その時だった。
扉が静かに叩かれる。
グラディウスが扉を開くと、一人の衛兵が入室し、ガストンとゼルディアへ一礼した。
「ご報告します。」
「拘束した二人のうち一人が話し始めました。」
部屋の空気が変わる。
「依頼人につながる情報が出ています。」
「現在、衛兵隊が裏付けを進めていますが、東方から来た商人との関わりが浮上しました。」
ガストンは小さく頷いた。
「そこまで辿り着いたか。」
「まだ確定ではありませんが、関係先の商会は厳重に監視しています。」
衛兵はそう報告すると、一礼して部屋を後にした。
静けさが戻る。
ガストンはレインたちへ視線を向けた。
「金融街の件は、ここまででええ。」
「お前さんたちは十分役目を果たしてくれた。」
「ここから先は、ライゼンで生きる商人と衛兵の仕事じゃ。」
レインは静かに頷く。
「分かりました。」
ガストンは穏やかに笑った。
「もちろん、お前さんたちには本来の役目がある。」
そう言ってイリシアへ優しく視線を向ける。
「世界商談会まで、あと少しじゃ。」
「どうかライゼンを楽しんでいってくれ。」
ゼルディアも立ち上がり、深く頭を下げた。
「アルヴェシオン商会を代表して、改めて御礼申し上げます。」
「皆様のお力添えは決して忘れません。」
重苦しかった空気は少しだけ和らぐ。
ガストンは湯気の立つ茶を一口飲み、柔らかく笑った。
「さて、難しい話は終わりじゃ。」
「世界商談会は予定どおり始まる。」
「せっかくライゼンへ来たんじゃ。今度こそ何事もなく、この街を楽しんでいってくれ。」




