解決した?
宿屋の扉を開けると、グラディウスも一緒に外へ出てきた。
「気を付けて行け。」
それだけ言って腕を組む。
レインは軽く頭を下げた。
「夕方には戻ります。」
「ああ。」
短いやり取りを終え、四人は歩き出した。
ガストンから頼まれたことは一つだけだった。
商会街を見て回り、異変があれば対処する。それ以上でも、それ以下でもない。
「どこから見て回りますか?」
イリシアが尋ねる。
レインは少し考え、エレアへ視線を向けた。
「表通りより裏手の方が何か分かる気がします。」
「私も同じ考えです。」
エレアは迷わず頷いた。
「商談は表で行われますが、荷物や帳簿、人の出入りは裏口を使う商会も少なくありません。様子を見るなら、こちらの方が自然でしょう。」
「では、そのように。」
四人は表通りを離れ、商会街の裏手へ足を向けた。
こちらまで来ると、人通りは一気に少なくなる。
荷車が一台通れるほどの道が真っ直ぐ伸び、両側には商会の裏口や倉庫が並んでいた。荷役たちが忙しそうに木箱を運び、帳簿を抱えた商人が足早に行き交っている。祭りの華やかさとは対照的に、ここには商業都市ライゼンの日常が息づいていた。
「思ったより静かですね。」
「商売の裏側ですから。」
エレアが答えた、その時だった。
鈍い音が路地の奥から響く。
続いて、苦しげなうめき声。
四人は無言で顔を見合わせた。
レインは頷き、足音を殺して建物の角へ寄る。
そっと先を覗くと、一人の商人が壁際へ追い詰められていた。
向かい合う黒い外套の男は二人。
剣は抜いていない。
だが、その視線は獲物を逃がさぬ獣そのものだった。
「……最後にもう一度だけ聞く。」
低い声が路地へ響く。
「帳簿はどこへ隠した。」
商人は青ざめた顔で首を振る。
「し、知らない……私は何も——」
言葉の途中で拳が腹へめり込んだ。
商人は苦鳴を漏らして膝をつく。
さらに黒衣の男が腰の短剣へ手を掛けた。
その瞬間だった。
レインは静かに前へ出る。
「そこまでです。」
二人が同時に振り返る。
迷いはなかった。
短剣を抜き放ち、一気に商人へ飛び掛かる。
だが、その刃は届かない。
レインが一人目の腕を払い上げ、そのまま肘を打ち込む。
「ぐっ!」
男が体勢を崩したところへ、返す足で二人目のみぞおちを蹴り抜く。
「がはっ!」
吹き飛ばされた男が石畳へ転がる。
さらにレインは踏み込み、一人目の首筋へ手刀を打ち込んだ。
男はその場へ崩れ落ち、意識を失う。
決着は十秒とかからなかった。
「すごい……。」
イリシアが思わず声を漏らす。
隣のリーヴェだけは静かに目を細めていた。
(抜剣すら必要ないと判断したのですね。)
倒れた二人は短剣を手放したまま動かない。
レインはそのまま商人へ歩み寄る。
「怪我はありませんか。」
「あ、ああ……助かった……。」
商人は震えながら何度も頷いた。
その時だった。
エレアが路地の奥へ視線を向ける。
「レイン。」
その一言でレインも振り返る。
建物の陰に、一人の男が立っていた。
黒い外套をまとい、倒れた仲間を無言で見つめている。
助けようとはしない。
しばらく立ち尽くした後、静かに踵を返し、そのまま路地の奥へ姿を消した。
レインは追わなかった。
ガストンから受けた依頼は、犯人を追うことではない。
被害を防ぐこと。
それが最優先だった。
レインは足元へ転がる短剣を拾い上げる。
刃は黒く染められ、柄には見慣れない刻印が彫られていた。
「見慣れない紋章ですね。」
エレアは短剣へ目を落とす。
「少なくとも西部方面では見たことがありません。」
リーヴェも静かに頷いた。
「帝国でも見覚えはありません。」
その間に商人はようやく立ち上がった。
「本当に……助かりました。」
レインは穏やかに尋ねる。
「狙われる心当たりはありますか。」
商人は力なく首を横へ振る。
「分からない……私は金融業を営んでいるだけだ。商談会が近いこの時期は毎日忙しいが、恨まれるような覚えはない。」
レインとエレアは小さく視線を交わした。
本人も理由を知らないらしい。
その時だった。
表通りの方から慌ただしい足音が近付いてくる。
「こっちだ!」
「悲鳴が聞こえたぞ!」
数人の衛兵が路地へ駆け込んできた。
隊長格らしい男は倒れた黒衣の二人を見るなり目を見開く。
「これは、お前たちが?」
「襲われていた方を助けました。」
レインが簡潔に答えると、隊長は安堵したように息を吐いた。
「間に合ってよかった。」
すぐに部下へ命じる。
「二人を拘束しろ! 周囲も警戒だ!」
衛兵たちは手際よく黒衣の男たちを縛り上げていく。
隊長は商人の顔を確認すると表情を引き締めた。
「この方はアルヴェシオン商会と取引のある金融商だ。」
「命を落としていれば、大問題になるところだった。」
その言葉を聞き、レインたちは静かに顔を見合わせる。
また一人、金融に関わる商人が狙われた。
ガストンが危惧していた事態は、確実にライゼンの街で進行していた。




