殺人事件
「相変わらず繁盛しとるようじゃの。」
「お前さんが来る時は、大抵何かある。」
グラディウスの落ち着いた声に続き、扉がゆっくりと開く。
「失礼するぞ。」
姿を現したのはガストンだった。
穏やかな笑みを浮かべながら部屋へ足を踏み入れたガストンだったが、その視線はすぐエドガーを捉え、小さく眉を寄せる。
「……エドガー。」
「ガストン様。」
エドガーは立ち上がろうとしたが、ガストンは軽く手を上げてそれを制した。
「無理に動かんでええ。命が助かっただけでも十分じゃ。」
そう言って近づくと傷口へ目をやり、小さく頷く。
「思ったより軽傷で安心したわい。」
「この方々に助けていただきました。」
エドガーがレインたちへ視線を向ける。
ガストンも自然と四人へ目を移した。
「レイン君、エレア君。」
穏やかに声を掛けると、そのままイリシアへ視線を向ける。
「お嬢ちゃんも元気そうじゃの。」
「お久しぶりです、ガストンさん。」
イリシアは嬉しそうに一礼した。
「昨日も今日も、とても楽しく過ごしています。」
「それは何よりじゃ。」
ガストンは目を細める。
「ライゼンを気に入ってもらえたなによりじゃ。」
続いて、その隣に立つリーヴェへ軽く頷いた。
「リーヴェ殿も、お変わりないようで。」
「ガストン殿も。」
短い挨拶だけだった。
互いに余計なことは口にしない。
この場にいる全員が、お忍びでライゼンへ滞在している事情を理解しているからだ。
グラディウスはその様子を見届けると、静かに扉を閉めた。
応接室には七人だけが残る。
「さて。」
ガストンは椅子へ腰を下ろし、改めてエドガーを見つめた。
「詳しく聞かせてもらおう。」
エドガーはゆっくりと頷き、裏路地で襲われた経緯を最初から説明した。
取引先から戻る途中だったこと。
護衛二人が突然襲われたこと。
自分だけが執拗に狙われたこと。
そして偶然通り掛かったレインたちに命を救われたこと。
最後まで黙って聞いていたガストンは、小さく息を吐いた。
「……やはりか。」
その一言で、部屋の空気が僅かに重くなる。
レインはその変化を見逃さなかった。
「何か心当たりがあるんですか。」
ガストンは腕を組み、静かに頷く。
「今年のライゼンは少し様子がおかしい。」
「祭り前は揉め事も増える。じゃが、今年は度が過ぎておる。」
部屋が静まり返る。
「ここ一週間で、金融関係の商人が立て続けに襲われておる。」
「命を落とした者も少なくない。」
エドガーは息を呑んだ。
「私だけでは……なかったのですか。」
「ああ。」
ガストンは低く答える。
「まだ世界商談会は始まってすらおらん。」
「それにもかかわらず、金融商ばかりが狙われておる。」
グラディウスも腕を組んだまま続ける。
「冒険者も護衛依頼で手一杯だ。」
「自由に動ける腕利きは、思っている以上に少ない。」
ガストンはレインを真っ直ぐ見つめた。
「頼みがある。」
「犯人を追い詰めろとは言わん。」
「金融街を中心に街の様子を見て回ってくれ。」
「違和感でも、怪しい動きでも構わん。何か掴めたら、すぐ儂らへ知らせてほしい。」
レインはエレアへ視線を向ける。
エレアは迷うことなく頷いた。
「問題ありません。」
ガストンの表情が少しだけ和らいだ。
「助かる。」
「被害を止めることを最優先にしてくれ。」
「相手の正体が分からん以上、深追いは禁物じゃ。」
そのやり取りを聞いていたイリシアは真剣な表情で口を開く。
「私たちもご一緒してもよろしいでしょうか。」
リーヴェは静かにイリシアを見る。
ガストンは穏やかに頷いた。
「もちろんじゃ。」
「ただし、お嬢ちゃんは今まで通り街を見て回るだけでいい。」
「レイン君たちも護衛任務が第一じゃ。危険な場所へ踏み込む必要はない。」
「祭りを案内しながら、街の空気を見てもらえれば十分じゃ。」
その言葉にリーヴェも異論はなかった。
「承知しました。」
ガストンは満足そうに笑う。
グラディウスが立ち上がる。
「話は決まりだな。」
「出る前に茶だけ飲んでいけ。」
そう言って湯気の立つカップを人数分並べると、ガストンも苦笑した。
「相変わらず気が利くの。」
「腹が減っとると判断も鈍る。」
グラディウスは短く答えた。
重苦しかった応接室の空気が少しだけ和らぎ、一同は温かい茶で喉を潤した。
束の間の休息を終えると、レインは静かに立ち上がる。
「では、行きましょう。」
エレアもそれに続き、リーヴェは自然とイリシアの隣へ立つ。
ガストンは四人の背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「……嫌な予感が外れてくれればええんじゃが。」
その頃、金融街では新たな事件の火種が静かに動き始めていた。




