到着
祭りまであと三日となったライゼンは、昨日以上の活気に包まれていた。
宿の窓から外を眺めれば、石畳の大通りを荷馬車が絶え間なく行き交い、各地から集まった商人たちが忙しなく声を掛け合っている。露店の設営も急ピッチで進み、色鮮やかな旗が風にはためくたび、祭りが目前まで迫っていることを実感させた。
レインは窓を閉め、小さく息を吐く。
「昨日より人が増えましたね。」
「今日から本格的に各国の商隊が到着します。」
隣で紅茶を口にしていたエレアが静かに頷いた。
「明日にはさらに増えるでしょう。この街が一年で最も賑わう時期です。」
その時、一階からグラディウスの落ち着いた声が響いた。
「レイン、エレア。着いたぞ。」
二人は顔を見合わせ、そのまま一階へ降りる。
宿の前には一台の馬車が止まっていた。
派手な装飾は一切ない。しかし丁寧に磨き上げられた車体と造りの良さは一目で分かる。裕福な商人が利用する長距離馬車にしか見えないが、それこそがお忍びには最適だった。
御者が扉を開く。
最初に姿を現したのは、小柄な少女だった。
淡い色のフードを被り、ゆっくりと地面へ降り立つ姿は年齢相応に幼い。それでも背筋は真っ直ぐ伸び、一礼する所作には公爵家で育った者だけが持つ気品があった。
続いて黒髪の女性が馬車を降りる。
こちらも深くフードを被っているが、その立ち姿には一切の隙がない。少女との距離を自然に保ちながら周囲へ静かに視線を巡らせる姿は、長年護衛を務めてきた者の習性そのものだった。
グラディウスが四人の前へ歩み出る。
「紹介しよう。こちらが今回、お嬢様をご案内する冒険者だ。」
レインとエレアが一歩前へ出た。
「レインです。」
「エレアです。よろしくお願いいたします。」
少女は優雅に一礼する。
「イリシアと申します。本日はよろしくお願いいたします。」
そして隣の女性へ視線を向けた。
「こちらは私の侍女兼家庭教師のリーヴェです。」
リーヴェも静かに頭を下げる。
「リーヴェです。滞在中はよろしくお願いいたします。」
イリシアは改めてレインを見つめた。
(綺麗な顔……。)
思わずそんな感想が浮かぶ。
もっと大柄で厳つい冒険者を想像していた。ところが目の前にいるのは、自分より少し年上に見える整った顔立ちの少年だった。穏やかな笑みを浮かべる姿は優しそうで、とても危険な依頼を受ける冒険者には見えない。
次に視線はエレアへ移る。
(……綺麗。)
思わず見惚れた。
落ち着いた笑みを浮かべる姿には不思議な安心感があり、その立ち居振る舞いは隣に立つリーヴェをどこか思わせる。
そんなイリシアの様子を見ながら、リーヴェとエレアは一瞬だけ視線を交わした。
互いに穏やかな表情を崩さない。
だが、その一瞬だけで相手が只者ではないことを悟るには十分だった。
初対面でそれ以上踏み込むことはない。
それが熟練者同士の距離感だった。
そんな空気には気付かず、レインはイリシアへ穏やかに笑い掛ける。
「長旅、お疲れさまでした。」
その一言だけで、イリシアの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
先ほどまでの公爵令嬢らしい落ち着きはどこへやら、無邪気な笑顔は年相応の十二歳そのものだった。
その笑顔を見て、レインも自然と頬を緩める。
(少なくとも今は、旅先に胸を躍らせる十二歳の少女にしか見えない。)
百年に一人の天才魔導師。
帝国公爵家の三女。
そんな肩書きから想像していた人物とは、あまりにも印象が違っていた。
グラディウスが静かに口を開く。
「部屋は用意してある。荷物を置いて少し休め。」
イリシアは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます!」
「休憩を済ませたら、街を案内してやれ。」
「はい。」
レインが頷く。
イリシアは期待を隠し切れない様子でリーヴェを見上げた。
「少し街を歩いてもいいですよね?」
リーヴェは苦笑を浮かべる。
「お嬢様。はしゃぎ過ぎないようお願いします。」
「分かってます。でも少しくらいはいいですよね?」
「その少しで済めばよろしいのですが。」
自然と笑みがこぼれる。
レインとエレアも顔を見合わせ、小さく笑った。
こうして四人は荷物を部屋へ運び、短い休憩を挟んだ後、祭りの熱気に包まれたライゼンの街へ足を踏み出した。




