観光依頼
レインはヴァルゼインを真っ直ぐ見つめた。
「護衛の依頼内容は理解しました。」
一度言葉を切り、静かに続ける。
「ですが、一つだけ確認させてください。」
「構わん。」
「護衛は、自分たちだけですか。」
その問いに、ヴァルゼインは一瞬だけ目を丸くすると、次の瞬間には豪快に笑い出した。
「ハハハハハッ! なるほど、その疑問はもっともだ。」
隣で腕を組んでいたグラディウスも小さく口元を緩める。
「安心しろ。護衛が二人だけという話ではない。」
ヴァルゼインは酒杯を机へ置き、椅子へ深く腰を預けた。
「イリシア様には専属の侍女が同行している。」
「名はリーヴェ。」
「侍女であり、家庭教師であり、そして護衛だ。」
レインは静かに頷く。
「それなら安心ですね。」
しかし、ヴァルゼインは首を横へ振った。
「安心どころの話じゃない。」
「彼女は帝国でも名の知れた上位超越者だ。」
その一言で、レインも僅かに目を見開く。
上位超越者。
それも帝国公爵家が絶対の信頼を寄せる人物となれば、並の護衛とは比較にならない。
ヴァルゼインは二人の反応を見ながら苦笑した。
「実はな、公爵は娘可愛さに超越者を二十人ほど護衛へ付けようとしたらしい。」
「二十人ですか。」
さすがのレインも思わず聞き返す。
「本気だったそうだ。」
ヴァルゼインは呆れたように肩を竦める。
「帝国の外務卿をはじめ、周囲が総出で止めたらしい。そんな人数で他国へ入れば護衛では済まん。軍勢が進駐してきたと誤解されても不思議じゃないからな。」
グラディウスが小さく笑う。
「それで諦めたのか。」
「いや。」
ヴァルゼインは苦笑を浮かべたまま首を振る。
「今度は『ならば影から守らせる』と言って、公爵家の隠密部隊まで密かに送り込もうとしたそうだ。」
レインは思わず目を瞬かせた。
「そこまで……。」
「当然、それも止められた。」
ヴァルゼインは笑いながら酒杯を持ち上げる。
「公爵夫人の一声で断念したらしい」
「本人に知られたら留学どころではなくなるからな。」
グラディウスは肩を竦めた。
「親というのも大変だ。」
「ああ。」
ヴァルゼインは苦笑しながら頷く。
「結局、同行を許されたのはリーヴェ殿ただ一人。」
「もっとも、公爵本人は最後まで納得していなかったらしいがな。」
部屋に小さな笑いが広がる。
ヴァルゼインは表情を引き締め、静かに続けた。
「正直なところ、リーヴェ殿一人いれば護衛としては十分すぎる。」
「並の軍隊なら相手にもならん。」
「彼女一人いるだけで、大抵の問題は片付く。」
そこまで聞いたレインは、小さく首を傾げた。
「それなら、自分たちへ護衛を依頼する必要はないのではありませんか。」
「そこだ。」
ヴァルゼインは待っていたと言わんばかりに笑みを浮かべる。
「問題は敵と戦うことじゃない。」
「イリシア様は、まだ十三歳の少女だ。」
「留学へ向かう途中、せっかくライゼンへ立ち寄るのだから、祭りを見たい、市場を歩いてみたい、珍しい菓子も食べてみたい――そう望まれた。」
レインは静かに頷いた。
「そういうことでしたか。」
「リーヴェ殿は護衛としては完璧だ。」
「だが、護衛として完璧すぎる。」
ヴァルゼインは苦笑する。
「街を歩けば誰が見ても護衛だと分かる。十二歳の少女が気軽に祭りを楽しめる雰囲気ではなくなる。」
そして真っ直ぐ二人を見据えた。
「だからこそ、お前たちに頼みたい。」
「表向きは、この街で雇われた冒険者。」
「祭りや街を案内しながら、不測の事態に備えてもらう。それが今回の依頼だ。」
エレアは静かに問い掛ける。
「つまり、私たちが表で護衛し、リーヴェ殿が影から全体を見守る形ですね。」
「その通りだ。」
ヴァルゼインは満足そうに頷いた。
「この二ヶ月で、お前たちは街にも十分馴染んだと聞いている。」
「ライゼンを案内する役としても申し分ない。」
レインはエレアと一度だけ視線を交わす。
反対する理由はない。
依頼の内容も十分理解できた。
「分かりました。」
「その依頼、お受けします。」
ヴァルゼインの表情が柔らかくなる。
「助かる。」
「では、詳しい話は明日だ。」
「イリシア様一行は、明日の昼頃、この街へ到着される予定になっている。」
グラディウスが静かに立ち上がった。
「今日はもう休め。」
「明日から忙しくなる。」
レインとエレアは揃って一礼した。




